「工藤って、阿笠さん家のお隣の?」

あの後、すみませんでしたなんて白々しく言いながら車に乗り込んできた昴さんに冷めた目を向けると、私の視線なんて全く気にしていないという様子でボウヤの親戚の家の留守を預かる事になりましたなどと言われた。
コナンくんの親戚の工藤さんが今家族揃って家を空けているのだとかで、昴さんの新しい居住先が見つかるまで仮住まいさせて貰うことになったのだそうだ。そして冒頭の台詞を言った所、「ええ」と短く肯定の返事を頂いて私は舌を巻いた。コナンくんって本当に抜け目無い。あそこって、有希子さんの家じゃないか。

「助かりましたね。あそこなら何が起こってもすぐに気付く事が出来る」

「そうね・・・それにあそこは有希子さんの家だし。つくづく侮れない子・・・コナンくん」

私はシートベルトを締めてエンジンをかけた。目線はコナンくんから離さないまま。・・・しかし、ふと隣の昴さんの視線がコナンくんの方ではなく哀ちゃんの方に向いているのに気が付いて眉を潜めた。哀ちゃんの様子がおかしいのはもしかしたら昴さんの所為なのかもしれない。こんな熱烈な視線を向けられてはさぞかし悪寒がするだろう。哀ちゃんだけに哀れだ。私は何も言わずに車を出してとりあえず家に向かった。

家に着き、コナンくんから詳しい話を聞くのは後にして、とりあえずこのことを有希子さんは知っているのかと思い電話をかけてみると「あら、おはよう花子ちゃん」と暢気な声が聞こえてきた。「あ、そっちではもうこんばんはかしら?」「どっちでもいいわよ・・・」時差を気にする有希子さんに私が呆れた声を出すと、「そういえばね、さっき新・・・コナンちゃんからメールが来てたわよ」と進んで話を切り出してくれた。新コナンちゃんって何だよ。コナンくんに新旧があるのか。

「ああ、聞いた?昴さんが今度から有希子さん家にお世話になるのよ」

「聞いた聞いた!でね〜その事で花子ちゃんにお願いなんだけど、」

良かった・・・もうすでに有希子さんに話は通っているらしい。そう思って胸を撫で下ろした私だったが、その有希子さんから直々にお願いがあると言うので耳を傾けてみる。「ほら、私もダンナもそれについては快諾したんだけどね、昴さん格好良いから女の人が後を絶たないと思うのよ。それでどこの馬の骨ともわからない女を連れ込まれたらちょっと嫌かなあって思って。だからね!花子ちゃん!」話の先が何となくわかってしまった私はスピーカーから一度耳を離した。車を出してから家に着くまでずっと無視し続けていた昴さんは拗ねてしまったのかそっぽを向いて読書している。後で機嫌を取らないと面倒な事になりそうだ。出かけた溜息を殺してからまた電話を耳に当てた。

「あなたが一緒に住んでくれればOKという条件を出したのよ〜」

「なんですと!!!」

急に叫んだからか昴さんが振り返る。私は目が合った途端思いっきり逸らしてしまった。うわわわわ、さらに気まずい事をしてしまった。視界の端では昴さんがまたつまらなさそうな顔をしてから小説に目を落としている。ああ・・・どうやったら機嫌直してくれるのかな。

「いいじゃない。どうせ嘘でも恋人なんでしょう?」

「もうそこまで聞いてるの?」

「洗いざらい吐かせたわよ〜。って言っても、聞く前に教えてくれたんだけどね!」

「あのガキ・・・絶対いつか捻ってやる」

「だめよぉそんなことしちゃ!」

有希子さんに窘められて思わず歯軋りをしてしまう。有希子さんは怒ると手がつけられない。あまり逆らわない方が身の為。・・・強烈なジレンマが頭痛を引き起こし、手を額に当てて冷やそうとしていると、ふいに有希子さんが「ああ、それとね」と言った。

「昴さんは煮込み料理が好きみたいだから、今晩は煮込みハンバーグでも作ってみなさいな。もちろん、あなたが一人で作るのよ」

「・・・・・・・ありがとう」

「やっぱり?私の勘ってやっぱり冴えてるわね!機嫌取るならまずは胃袋を掴む事ね!」

「私も実感させられたから良くわかっているわ。そうする。アドバイスありがとう。それじゃ、電話切るわね」

「ええ、よろしく頼んだわよ」

電話を切って「ちょっと出かけてくるわね」と昴さんに声をかけたが、「・・・はい」という短い返事しか返ってこなかったので本当に焦って、私は急いで買い物に出かけた。


煮込みハンバーグは私の得意料理のうちの一つだ。昔有希子さんにご馳走になってから一生懸命覚えたのだ。今では作りなれたそれを手際よく作り終えて出来た料理をテーブルに運ぶ。

「・・・昴さん、ご飯出来たわよ」

「・・・ええ」

大人しく本を置いてこちらに歩いてくる昴さんは無表情で、その顔に赤井さんを重ねて少し怯んだ。「いただきます」と言って食べ始めるのを見届けてから私も箸を取って、「あの・・・なんかごめん。動揺してたって言うか・・・」と口を開いた。昴さんは何も言わずに食べ続けている。正直落ち込む。無視されるってこんな気持ちなんだな・・・。昴さんはさっきずっとこんな気持ちになってたんだ。そう思うと申し訳なさが沸いてくる。折角作った好物のご飯だけど、なかなか喉を通らない。料理よりもお茶の方が減りが早いなんて。なんとか食べ切って最後のお茶を飲むと、先に食べ終わっていた昴さんに食器を攫われた。後を追いかけようと思って立ち上がったが、思い留まる。結局昴さんは何も言ってくれなかった。どうしよう。一歩踏み出した脚は行方を失って、私は適当に部屋の中を歩き回る。昴さん・・・思った以上に怒ってる。どうしたら機嫌直してもらえるだろうか。後で有希子さんに電話してみようかな。
真剣に悩んでいた所為で他の事に気が回らなかったらしい。突然温もりに包まれたかと思ったら、次の瞬間私はベッドに寝転んでいた。視界には天井と柔らかそうな癖っ毛が見える。・・・と、思ったら真っ暗になった。その代わりに唇に暖かい感触。驚いた拍子に半開きになった口の中に暖かいものが入ってきて蠢いた。何だこの状況。昴さんにキスされている?なんで一体どうして?パニックになりそうな頭で必死に状況を整理してみるが、ますます混乱しそうだ。そういう雰囲気ではなかったはずだ。何をどうしたらこうなるんだ。
私の舌を絡め取ろうとする舌から逃げまわっていたが、奥まで舌を差し込まれてついに捕まって絡め取られた舌を吸われる。体を動かそうと思ったが、両腕ごと抱きしめられているので身動きが取れない。背中に回された昴さんの手が私の体を撫で回している。暫く良い様に蹂躙されていると、「ん・・・ふ、」息苦しくなってきて慌てて昴さんを二三回軽く叩いた。あまりにも必死に叩いていたのか、私の様子に気が付いた昴さんがようやく唇を離す。つぅ、と唾液が糸を引いて名残惜しそうにしていた。昴さんが濡れた唇を舐めると糸が切れ、それと同時に体が熱くなる。・・・いや、もう熱くなっていたのか。肩で息をしながら、どうして突然こんな事になっているんだろうと再び考えをめぐらせることに集中した。しかしわからない。結果はさっきと同じだった。
突然どうしたの?と私が口を開こうとすると、未だ濡れたままだった私の唇を舐めてから昴さんが言った。「すみません。あんまりにも花子さんが可愛かったものですから」「・・・はい?」言っている意味が良くわからず、私は色気もクソも無い素っ頓狂な声をあげてしまった。

「少しからかい過ぎてしまいましたね。今日の夕食、すごく美味しかったです。また今度作り方を教えてくださいね。それから、今日の事は何も怒っていないですよ」

「・・・・・・」

私はポカンと口を開けたまま何も言う事が出来ない。良かったとただ一言言えばいいだけなのだろうけど、至極面白そうな昴さんの顔を注視するのに夢中になっているらしく私の脳は口に命令を送るのを忘れているようだ。

「確かに・・・少しの嫉妬はしましたし、花子さんに無視をされているのは正直辛かったですが、さっきからずっと深刻そうな顔をしているあなたを見ていると・・・なんだか、本当に愛されてるような感覚に陥ってしまって」

「・・・・・・あー・・・っと、そうだったの」

なるほど、そうか。私はからかわれていたのか。しかし、一瞬だけ悲しそうな顔をした昴さんが自嘲気味に「・・・おかしいですよね。花子さんは私に本当の愛を囁いたわけでも無いのに」呟くと、私は胸が詰まったような感覚になった。先ほどの息苦しさが戻ってきたみたいに、私は息を吐く。何となく、辛い。腕をもぞもぞと動かして拘束から抜け出すと、私は昴さんの頬に手を当てて優しく撫でた。昴さんは一瞬驚いたような顔をしてから同じように私の頬を撫でた。

「花子さんのその顔を見ていると我慢できなくなる。もう少し、恋人らしい事・・・してもいいですか」

よくわからないけど、きっと私は雰囲気に流されたのだろう。それともさっきのキスで絆されたのか。昴さんがそう言いながら顔を寄せてすれすれの所で止まると、私は返事として自分から彼の唇にキスをした。




「嘘でも、あなたの事好きよ」

「嬉しい事を言ってくれますね・・・僕もです」



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