「花子さん。そこの醤油を取ってください」

「はい」

「ありがとう」

昴さんのアパートの工事二日目の朝。私達は何気ない朝のひと時を過ごしていた。昴さんとこうして朝食を食べるのは二回目だが、こうもしっくりきていると逆に違和感がある。
正直言って朝食を作ってくれたりお弁当を持たせてくれたり夕飯を作って待ってくれているととても助かるし新婚夫婦の旦那の気持ちがなんとなくわかった。そうか・・・これが幸せという奴なのかとさえ思ってしまう。沖矢昴・・・恐るべし。彼の魔力は計り知れない。びっくりするくらいに美味しいお味噌汁を飲みながら、不意に「毎朝君が作った味噌汁が飲みたい」という台詞が頭の中に浮かんできて私は慌てて頭を振った。待て待て、これはただの設定だ。沖矢昴をみんなにさり気無く紹介できる良い方法として仮に付き合っているだけなんだ。それに彼の正体は赤井秀一・・・。私にとっては天敵と言っていいほどの男だ。そんな男にこんな感情を持つのは私としてどうなんだろう。

もんもんとそんな事を考えていると、目の前の昴さんが食後のコーヒーを飲んでいるのに気が付いた。彼の生活はいつも規則正しい。・・・と言う事は。と時計に目をやると、もう朝食を食べ終わっていなければいけない時間になっていた。慌てて残りの朝食をかきこんで昴さんに今日の予定を聞いた。

「今日は一日家にいるの?」

「ええ・・・夕飯の買出しに行く以外はずっとここにいますよ」

「そう・・・あなたそう言えば鍵は?」

「そんなことより、花子さん。もう出る時間ですよ。ほら、行ってきますのキスを」

「何当たり前のように言ってるの?行ってきますのキスなんてしたこと無いわよ」

鍵の事を聞くといつもこうやってのらりくらりとかわされる・・・。呆れて溜息をつくと、腕を引かれて額に優しくキスを落とされた。「今日はこれくらいにしておきましょう」ニコニコと爽やかな笑顔で言われるが、私は頭が真っ白になってしまって何も言えなかった。たっぷり時間を空けてから「・・・行ってきます」と言えば、昴さんは満足そうに「行ってらっしゃい」と言った。私はいたたまれなくて鍵と鞄をひっつかむと足早に家を出たのだった。



「えっ?火事?」

珍しく私のスマートフォンが長い事振動していたと思ったら、どうやら昴さんからの着信のようだった。電話に出てみると、焦ったような声で昴さんのアパートが火事になったという旨を聞かされた。そして冒頭の私の台詞、というわけ。デスクの卓上カレンダーを見ると、今日の日付のところに小さく×印が書いてある。・・・・・・ああ、今日だったか。何となく忘れてしまっていた。「その事は後で話しましょう。今日はなるべく早く帰るわ」「それでは・・・僕のアパートの方に来てください。実は今、少し妙な事になっていて」「妙な事?」眉を潜めて思案する。何か厄介な事でも起こったのだろうか。「・・・ええ、なるべく早く帰るわ」そう言って電話を切ると、次の書類を手に取る。・・・・・・が。駄目だ。頭に入ってこない。結局私は早上がりさせてもらってアパートへと急いだのだった。

「昴さーん」

「ああ・・・花子さん」

昴さんのアパートに到着し、近くに車を停めると、なるほど。妙な事とはこういう事だったのかと合点した。アパートの前には昴さんを含めた住人が三人と小学生が五人いた。小学生には見知った顔も混ざっている。私が声をかけると、昴さんが私に気が付いて振り向いた。

「夕飯の買出しに出かけたついでにアパートへ寄ってみたら・・・この有様でして」

「運が良いのか悪いのか・・・」

私が溜息を吐くと「あー!やっぱり!花子さんだあ!」と、高い声で名前を呼ばれ、私は笑顔を向けた。「あら、コナンくん」声をかけながら近寄ると、他の子達も私たちに近寄ってきた。哀ちゃんがずっと誰かの後ろに隠れていて出てこないのが気になる所だ。そう思いながら彼女はどうしたのか聞こうと思ったが、私の目線に気が付いて先に話を振ってしまいたかったのか、コナンくんが私の服を引っ張った。私は開きかけた口を閉じる。

「ね、ねえ、花子さんはあの沖矢って人と知り合いなの?」

私は目線を合わせるようにしゃがみこんで、少し悩む。本人の目の前で私の恋人だと言うのは少し恥ずかし過ぎる。「ええ、そうよ」間を持たせるため、苦し紛れにそう答えると「もしかしてお姉さんの恋人?」と得意気な顔をした女の子が話に割り込んできた。・・・最近の小学生はやけにませている。図星をつかれて「そうよ。良くわかったわね」と言うと、「歩美、すげー!」「本当ですね!今のは探偵って言う感じでしたよ!」と太った男の子とそばかすの男の子が歩美と呼ばれた子を称賛する。
「でもなんでわかったんですか?」と、推理を聞きたくてわくわくした顔のそばかす君に問われると、照れたように笑った歩美ちゃんが「だって」と言う。「ただの知り合いだったらあんな顔しないでしょ?お姉さん、恋してるって顔してたもん!」私は思わず立ち上がってしまった。それを見た太っちょ君とそばかす君が「当たってるぞ!」「照れてますね!」と茶化してきて、私は叫びそうだった。叫ぶ前にコナンくんが「そっかぁ、沖矢さんが花子さんの恋人だったんだね」と言ってくれなければ本当に叫んでいただろう。私はコナンくんに頷いて見せた。もういいでしょとばかりに「ええ・・・彼は私の恋人よ」そう言うと、コナンくんが上手く話をそらせてくれて、お友達を紹介してくれた。私が目線で哀ちゃんの様子がおかしいと訴えると、コナンくんは声を出さずに「あ と で」と言った。
もう用はないようなので昴さんのところに戻ると、大いにつまらなさそうな顔の昴さんに手を引かれた。

「いくら相手が小学生だと言っても、花子さんのあんな可愛らしい顔は見せたくないものですね」

「なっ、何を言って・・・!」

再び熱を持った頬を冷やそうと手を当てると、背後から冷やかしの声が聞こえた。あいつら・・・いつか絶対シメてやる・・・!さらに顔を赤くさせた私に気を良くしたのか、昴さんが私(の唇)に小さくキスを落とし、背後の声を騒がしくさせた。私は渾身の力で昴さんの頭を叩いて車まで走った。


羞恥やら怒りやらで顔を真っ赤にさせている花子には、昴が(照れてる花子さんも良いな)と思ってたり、コナンが(満更でもねーみてーだな・・・)と呆れている事なんて知る由もないのだった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -