「さ、さむいいい!」台風でもないのに珍しく強い風に見舞われているこの米花町は驚くほど寒い。おそらく体感温度だけで言えば今の季節がひっくり返るくらいの気温しかないだろう。
朝はあんなに穏やかだったのに・・・!と私は半泣きになって車に逃げ込んだ。今日に限ってスカートを選んでしまうなんて完全にミスセレクトだ。滅多な事はするもんじゃない。私はそう心に誓った。
そう言えば・・・と車を発進させる前に私はスマートフォンを取り出す。昴さんからメールが来ていたんだった。ちょっと立て込んでいたので内容すら見れなかったが、返事をしなければきっと心配するだろうと思ってメールを開いた。「すみません。今日は泊めていただけませんか。アパートに電気関係の工事が入るらしく、出入りするなと言われてしまって」私は目を丸くしてから返信を書いた。「工事?ふぅん、そう・・・。良いけどあなたどうせ事後承諾なんでしょ。帰ったらまた家にいるんでしょ」送信すると驚くほど早く返信が来た。今まさにエンジンをかけましたというタイミングでの着信に驚いて肩を揺らしてしまったほどだ。メールを開くとこう一言。「今日の夕食はちょっと手が込んでいるので、期待しててください」やっぱりか。しかも現在進行形で私の家で作っていると見た。私は返信はしないまま車を発進させた。どうせ昴さんが泊まっていくなら、お酒やおつまみを買い足しておいた方がいいだろう。


何がなんだか良くわからなくて何本か買ってきてしまった・・・。私はビニール袋の中でずっしりと存在を主張しているボトルたちを見やって溜息を吐いた。確か赤井さんはウイスキーがお好きだったはず。だがウイスキーと言っても何種類もあるのだ。どれを買ったらいいのか良くわからない。
棚に置いてあった順で適当にブラックニッカ・ジャックダニエル・ジムビーム・メーカーズマークというお酒を購入すると、炭酸水とおつまみを物色した。何がいいか悩んでしまって、結局大量に買ってきてしまったが・・・。まあ、何とかなるだろう。車のドアを開けると、強い風にドアを押されてなかなか開けられない。私は一度荷物を置いてから車を降り、そして片手でドアを押さえながら買ってきたものと私の荷物を持つ。「よいしょ」
車のドアを閉めて鍵をかけ、片手の荷物を分散させようと両手に持ち直した時、「花子さーん」という珍しく慌てた様子の昴さんの声が聞こえてきた。振り返ると、マンションのエントランスから出てきた昴さんが私に向かって一直線に走ってくる。エプロンもつけたまま、彼があんな慌てて走ってくるだなんて一体どうしたんだろう。少し身構えて「どうしたの?」と声をかけた。「花子さんっなんて格好を・・・」私の目の前に辿り付いた昴さんがそう言ったと同時に、強い突風に煽られる。瞬間息が出来なくなる。思わず目を瞑ると、急に正面から抱きしめられ、背後の愛車に押し付けられた。風除けが出来た事によって目も開けられるし息も出来るようになった私が目を開けると、目の前には先ほど見た昴さんのエプロン一色だった。「あー・・・えと、」風も収まったので控えめに声をかけると、ゆっくりと昴さんが離れて行って私の両手から荷物を奪った。
「風の強い日はスカートに気をつけた方が良いですよ」「え」まさかさっきの突風でスカートが捲れて・・・?とすぐに気が付き、口の端が痙攣を起こしたようにひくつく。荷物を軽々と片手で持った昴さんは私の腰に腕を回して体を密着させた。「その前・・・花子さんが車を降りた時、荷物を取ろうと思って後ろを向いたでしょう?その時も風でスカートが・・・」語尾を濁しながら言う昴さんに、私はショックを受けた。それじゃあまさか私の部屋からそれを見ていた昴さんが大急ぎでフォローしに来たという事か!「あ・・・あわ・・・」うわ言の様に言葉を発する私を見て、昴さんがフォローのつもりなのかなんなのか、こそっと耳打ちした。「あなたに良く似合った下着でしたよ。上がどうなっているのか気になるところです」私はスカートの裾をピッシリと押さえて足早に歩いた。今日もしハイヒールを履いていれば、間違って昴さんの脚を踏んづけていたかもしれないだろう。


「しかし・・・たくさん買ってきましたね」

部屋に着くと、昴さんが袋の中身を確認しながら言った。その声には若干の呆れと喜びが滲んでいる。

「どれがいいのか悩んじゃって。どうせどれも飲めるんでしょう?なら買い溜めをしたとでも思っておくわ」

私は荷物を預けたまま着替えを取りに行く。部屋の中はいい香りが充満している。これが今日の夕食か。さしずめメニューはビーフシチューか。この香りと想像だけでお腹が鳴ってしまった私は、昴さんに気付かれていないか確認してから急いで脱衣所に駆け込んだ。

「ああそれから・・・」

「なななんで開けたのよ!」

この人っ・・・人がお風呂に入っていようが着替えていようがお構いなしなのか!突然開けられた扉に驚いて手に持っていた上着を取り落としてしまった。「ああ、すみません」と謝る彼に「もう・・・」と言いながら落ちてしまった上着を拾ってハンガーにかけなおすと、後ろを向いた私の背中に体重がかかった。昴さんが私に腕を回す。・・・スキンシップ多いなと感じるよりも先に、昴さんの手が私のブラウスのボタンを上から順に外していた。ちょっとなにやってるのよ!あまりにも驚いてしまって声が出なかった。絶句している私の耳元で昴さんが囁く。「おや・・・僕が思った以上にセクシーですね」私は昴さんの足の小指辺りめがける気持ちで地団太を踏んだ。「おっと、」そうは問屋が卸してくれなかったようだ。私は痛む踵に涙目になりながら前を必死に押さえたのだった。

「今のその姿も大変そそりますが・・・今はやめておきましょう。早く着替えてきてくださいね。食事の準備は出来ていますから」

何事もなかったかのようにさらりと脱衣所から出て丁寧に扉を閉めて行った昴さんに一瞬殺意が芽生えた。これガチで赤井さんだったら発砲していたかもしれない。ふと私は今朝近所の女子高生がわいわいと喋っていた内容を思い出した。知らない男に突然声をかけられた場合の話だ。自分の好みの顔ならナンパ、そうでなければ不審者。という不毛な会話だったが、今の私も同じような状況だと思った。



平静を装ってリビングに戻れば、丁度昴さんが食卓に料理を運んでいるところだった。メニューはやはりビーフシチュー。私は手伝いながら感嘆の声をあげる。「わあ、美味しそう」

手間の掛かる料理はなるべく作りたくないと思っていたので、こういうものを食べる時は外でと決めていたのだが、まさか家庭料理で食べられる日が来ようとは。有希子さんに感謝しないと。もちろん本人には言わないが。

「花子さんの為に腕によりをかけました」

昴さんの台詞に素直に「ありがとう」と返して、いつもながらに無駄にクオリティの高いサラダを小皿に取り分ける。

「今日はワインにしましょうか」

「あなたは女子か。・・・でもいいわね」

ワイングラスを受け取って乾杯をすると、私は早速ビーフシチューに手をつけた。「・・・おいしい」味はレストランのそれに似ているがどこと無く家庭的だ。・・・まさか。「まさか一から手作り・・・だと・・・」戦慄した私がそう漏らせば、昴さんは「だからあなたの為に腕によりをかけましたと言ったでしょう」とあっけらかんと答えた。「すごい・・・あなたって本当に器用ね」素直に彼を褒めると、それはそれは嬉しそうに言われた。「まるで随分昔から僕の事を知っているような口ぶりですね」私はその台詞には答えず、ワインを飲んでやり過ごしたのだった。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -