ああ、どうしよう。わたしったら、本当に劣性の中の劣性だわ!
それはまだ入学式から一週間も経ってない頃の事だった。まだ授業も始まっていなかった時期だったけれど、早速わたしはドラコ・マルフォイに因縁をつけられていた。
「おやおや!これは!誰かと思えば優秀な劣勢の家に産まれた花子じゃないか!」
後ろから突然名前を呼ばれて振り返れば、やはりと言うかなんと言うか、その声の主はドラコ・マルフォイだった。
ドラコ・マルフォイは自分より背の高いずんぐりむっくりみたいな男子生徒を2人従えて、偉そうに踏ん反り返っていた。
「グリフィンドールだなんて、さすがは優秀だな」
「ええ、ありがとう。どうやらわたしの家系はスリザリンのことを毛嫌いしているようだから、グリフィンドールと言われたときは嬉しくって泣きそうだったわ」
にこりと微笑んで言えば、ドラコ・マルフォイは顔を赤くさせて忌々しそうにわたしを睨んだ。
「お前が最後なんだろう?さっさと死んでその血を途絶えさせたらどうなんだ?この恥さらしめ。お前なんか『穢れた血』よりも最低だ!穢れた、劣性の血め!」
「なんてことを・・・!」
どうやらわたしの称号は『優秀な劣性』から『穢れた劣性の血』にランクアップしたらしい。わお!
わたしたちが騒ぎを起こしている事で、周りにはギャラリーのように生徒たちが遠巻きに取り囲んでいた。だけど「何の騒ぎだね」地の底を這うような声がして、わたしやドラコ・マルフォイ、その後ろの腰巾着二人、そしてギャラリー達までもが一斉に声がした方を振り返った。
生徒を少々乱暴に掻き分けてやって来たのは全身黒尽くめの男だった。ねっとりとした黒髪と不健康そうな土気色の肌に、真っ黒で今にも踏んづけて転びそうなほどの長いローブ、そのボタンどうしたの?と問いたくなるくらい信じられない量のボタンがついた上着、黒いズボン、黒い靴。彼はわたしたちの前まで来ると、ばさりと一度ローブをはためかせてから右手はローブつかみ、左手は腰に当てるという格好を取った。いささかその風貌は育ちすぎた蝙蝠のようだった。
「我輩は、何の騒ぎだね?と、言ったのだが・・・?」
わざと言葉をゆっくり区切って、ねっとりとわたしたちを見下ろしながら言う蝙蝠は、全員の顔を見て、最後にわたしの顔のところで視線を止めた。そのまま瞳を覗き込まれる。
何となくひゅっと息を吸い込んだ。頭がくらくらする。
吸い込まれそうだな、と思った時に、彼はわたしから目をそらした。何となく息を吐く。
「ドラコ・マルフォイに『穢れた劣性の血』と言われました」
そして起こったことを正直に言うと、ドラコ・マルフォイは今にも襲い掛かって来そうな顔でわたしを睨んだ。
「然様か。ミスター・マルフォイ・・・入学早々目をつけられるような事はしない方が良いのではないのかね?お父上もさぞ悲しまれる事だろう。スリザリン、5点減点」
蝙蝠が地を這うような声から、猫を撫でるかのような声に変え、最後には冷たく言い放つと、ドラコ・マルフォイは顔を青くさせた。蝙蝠に「さて、もう用がないのならば行くが良いそれとも、処罰をご所望ですかな?」と追い討ちのように言われると、ドラコ・マルフォイはヒキガエルの内臓を踏んづけてしまったような顔で「・・・・・・失礼します」と苦々しげに言って去っていった。
それを見てギャラリー達も我先にと逃げ出していった。
かくして、取り残されたのはわたしとかの蝙蝠男。
「ミス・七市野。君も覚えておくといい・・・」
いまだポカンと立ち尽くしているわたしとの距離を詰めながら彼は言った。そして、手を伸ばすと遠慮がちにわたしの頬に触れた。
「顔色が少し悪い。我輩の研究室で休んでいきなさい」
「あの、ありがとうございました、・・・その・・・すみません。名前をまだ覚えていなくて・・・・・・」
「では、早く覚える事だ。我輩はセブルス・スネイプ・・・・・・魔法薬学の教授で、スリザリン寮の寮監だ」
名乗るスネイプ先生の顔を見ながら、わたしはぼんやりと思った。
ああ、どうしよう。わたしったら、本当に劣性の中の劣性だわ!
少しだけ口の端を持ち上げた彼に、わたしは迂闊にも目を奪われた。
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