「もしもし、有希子さん?」「ふあぁ、・・・あら、おはよう花子ちゃん」家に帰り着き有希子さんに電話をすると、数回のコールの後に応答した有希子さんはやはり眠たそうだった。昨日は夜中までかかってしまったのだから仕方がないだろう。美容のために早寝早起きの習慣がある有希子さんには少し酷だったか。労いの言葉をかけようと口を開いたが、有希子さんの「で、昨夜はどうだった?」という言葉を聞いて口を閉じた。彼女の言う昨夜が昨日の赤井秀一殺人事件の事を言っているわけじゃあるまい。なんせ彼女もその時にその場所に居たのだから。
・・・まさか、昨夜私と赤井さんの間に何かあればいいなと期待している?「・・・どうって!」「やあねぇ、“沖矢くん”よぉ!どう?彼、イケメンでしょ〜」「イケメンでしたが!」先ほどまでの眠そうな声はどこへやら。ウキウキと恋する乙女のように喋りだす有希子さんに軽く眩暈を覚えて、私は頭に手を当てた。
「あたしの見立てはどうだったかしら?花子ちゃんの好みはバッチリ押さえてると思うんだけど」「バッチリ過ぎて怖いわ!!あれで中の人が居なければ100点満点でした!」なんせ中身は赤井さんだ。沖矢昴を完璧に演じている時だけは彼に惚れるかもしれないが、赤井さんの顔が脳裏にちらついて仕方がない。私の中で“沖矢昴イコール赤井秀一”は消せないデータなのだ。
「そのうち慣れるわよ」語尾にハートマークをつけながら電話越しにウインクする有希子さんが目に浮かんだ。全く、楽しむのも大概にして欲しい。彼女はリアルをドラマチックに考え過ぎている。そんな事を思いながら腕時計に目を落とすと、家を出なきゃならない時間をとっくに過ぎていた。「いけないっ、もうこんな時間!それじゃあ、暫くの間は毎日メイクの授業、頼んだわよ」「はいはーい」有希子さんの返事を聞いてから電話を切ると、私は急いで家を出た。
さて、後はコナン君に結果報告をするだけだ。彼も計画が無事完了したかどうか気になっているはずだ。だが・・・毛利探偵事務所に直接行くのは憚られる・・・阿笠さんの家にでも行ってみようかな。待ち合わせの場所と時間を決めれば明日にでも彼と会う事が出来るだろう。


FBIの事務所に到着すると、想像していた通り葬式のような空気が漂っていた。昨夜のニュースで来葉峠にて身元不明の焼死体が発見されたと報道されたためだ。警察は身元特定のために捜査をしていると言っていたが、その遺体の発見場所が燃え盛るシボレーC-1500の中だったので、赤井さんが死んだかもしれないと思っているのだろう。真実を知っていますよと言いたいが、だめ。私はいつもの調子で抜け殻のようになっているジョディに声をかけた。

「おはよー、ジョディ。・・・どうしたの、元気ないわ」

正直、ここまで悲しまれると心が痛い。私の声に反応したジョディは「おはよう・・・」と力なく呟いた。「昨夜、来葉峠で燃えるシボレーと焼死体が発見されたらしいわ・・・・・・」「・・・え、」息を呑む。ここは有希子さんに仕込まれた演技力の見せ所だ。そして裏方である私の晴れ舞台。「それって・・・まさか赤井さんが・・・?」「水無怜奈に裏切られたのよ」目に涙を浮かべるジョディに、私は空笑いをしてみせる。「はは・・・そんな冗談・・・・・・ほら、赤井さんならもうすぐ来るかもしれないわ」「来ないわよ・・・私、何度も彼に電話したもの・・・。彼は出なかったわ・・・」「そんなはずない!だって、あの人、殺されても死ななさそうでしょ?」「死んだのよ!」あらら・・・。ジョディはとうとう泣き出してしまった。視界の端でキャメルがもらい泣きしているのが見えた。

「あ・・・ジョディ、確かあなた赤井さんからケータイ借りてなかった?」

「・・・?ええ、借りたわ」

「それじゃあ指紋を取ってもらって照合してもらえばいいんじゃないかしら。警察は遺体の身元確認のために躍起になっているはずだから、重要な証拠として丁重に扱ってくれると思うわよ」

「ええ・・・わかった、行って来る!」

微かな希望が見えたのか、ジョディは涙を拭って車のキーを引っつかんで出て行った。彼女のその様子を見て私は胸を撫で下ろす。ふぅ、良かった。これで指紋が一致すれば、赤井秀一の死亡が確定される。ジョディにこんな役回りをさせたのはやっぱりまだ気が引けるが、彼女が適任だ。

「花子・・・ちょっと良いかね」彼女が出て行ったドアをぼんやりと眺めたまま突っ立っていると、背後からジェイムズに話しかけられた。私はゆっくり振り返る。「ジェイムズ・・・はい、何でしょう」

「この書類の束を運ぶのを手伝ってくれないか。・・・頼りになる人物の死は誰の心にも深い悲しみをもたらす。私もこうして何か手につけていないといろいろと考えてしまうのでね」

「ええ・・・わかりました」

私は素直に従ってデスクの上の書類の山を手に取る。ずっしりと重みがかかる。紙って言うのはどうしてこんなに重たくなるのだろうか。私は書類の山を落とさないようにしっかりと持って、ジェイムズの後について部屋を出た。いつもより心なしか遠回りをして彼の個人オフィスに到着すると、彼のデスクの上に書類を置いた私にジェイムズがコーヒーを勧めた。

「そこに座って・・・はい、どうぞ」

「頂きます」

コーヒーを受け取って口に含むと、私好みの味だった。ジェイムズは本当にみんなの事を良く知っている。だからこそ慕われているのだなと実感する。コーヒーを啜って溜息をついた私の向かい側にジェイムズが腰掛けて同じようにコーヒーを啜る。そして私の顔を見て口を開いた。「こんな事を聞くのは少し酷な事かもしれないが、いくつかの質問に答えてくれないか?」私は内心思わず身構える。

「・・・まず、君が赤井君が死んだかもしれないと知ったのはいつだね?」

・・・なんだこの質問は。何か疑われているような素振りだな。しかし普通にしていれば大丈夫なはずだ。落ち着け私。

「今朝です。事務所に着いたらみんな暗い顔をしていて・・・ジョディに声をかけたら教えてくれて、それで・・・」私の目を見つめながらジェイムズは立て続けに質問をする。「来葉峠のニュースは見たかね」

目を逸らしたいと思ったが、それではきっとだめだ。眉を下げて返答する。「いいえ・・・見ていません。昨日も今朝もテレビをつけなかったので」

「では、何故君は“焼死体の右手が焼け残っている”事を知っていた?」

「!」いや、まだだ。まだ大丈夫。「・・・それは知りませんでしたが・・・、そうですか。遺体の一部が残っていたんですね」

「知らなかったのに何故ジョディを向かわせた?」

「遺留品に指紋がついていると思ったんです。それと照合すれば本人確認が出来るでしょう?」

「そうか。・・・それでは、この間の水無移送の時、何故赤井君が指に接着剤をつけていたのか、わかるかね」

「!!」そうか、私の負けか。ジェイムズは既に真相に気が付いている。赤井さんはそれを知った上で答えを教えなかったのだろう。私はふっと息を吐いて「わかりません」と答えた。

「ジェイムズ・・・この事は他言無用ですよ。あなたの思った通り、彼は生きています。死んだことにしておいた方が都合がよかったので。この事を知っているのはごくわずかな人間だけです。敵を欺くにはまず味方からってね。時が来るまで・・・お辛いでしょうが、誰にも言わないでくださいよ」

「君がやっているのに、私が出来なくてはね。大丈夫。安心してくれ」ジェイムズは先ほどまでの張り詰めた緊張の糸を切って和やかに言った。「しかし、君が計画に関わっていたとはね。確かに君は赤井秀一が死んでもそこまで悲しまないだろうから適任と言えるが」

「ええ。逆に目の上のたんこぶが無くなってすっきりするタイプですから」

「それはとても“君らしい”。何かあったらすぐに言ってくれ」

「わかりました。では最初に釘を刺しておきますが、赤井さんが赤井さんの姿で世の中に出る事は一切ありません。これから暫くの間は別の人間として生活しますから、そのつもりでお願いします。あくまでも、赤井秀一は死んだ体でよろしくお願いします」

ジェイムズが聡明な男で助かった。しかし、ジェイムズに気付かれた事は知らせなければならない。ジェイムズはもう聞く事はないらしい。黙ってコーヒーを飲んでいる。私は手元のカップの中身が無くなったので、それを流しに持っていって洗うと、「では、失礼します」と言って部屋を出た。
事務所に戻ると、未だジョディは帰ってきていなかった。私は赤井さんのデスクをチラリと見てから自分のデスクに着いた。そしてジェイムズを真似てデスクに山積みされている書類を片付けはじめた。それに気付いたキャメルが「花子さんは強い人ですね・・・それとも、あんなに嫌っていた赤井さんが居なくなって嬉しいんですか?」と憎しみ半分で聞いてきたので、しめたと思った。

「なんか・・・こうやって仕事してればそのうち赤井さんが帰ってきそうで。・・・ごめん、キャメル。私はあなたが思ってるような人じゃないよ」

私がそう言うと、キャメルははっとしたように「すっ、すみません・・・」と涙を拭って言った。

「では、自分も花子さんを真似て通常業務に戻ります。どうせ暫くはこちらで業務をこなすよう言われましたからね。あなたに」

「頼んだわよ、キャメル。・・・それにジョディの事も・・・」

「はい」

弱弱しく微笑んだキャメルは自分のデスクについて私と同じように書類の整理を始めた。私たちを見ていた他の捜査官たちも同じように書類を片付け始める。数時間後、戻ってきたジョディが涙ながらに書類を片付ける捜査官たちを見て、思わず自分の涙を引っ込めてしまったのは私しか見ていない。

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