「火傷をした場合、流水でよく冷やさなければならないんです。救急箱を探してきますから、そこで暫く冷やしていてください」

家に入るなり私を台所に連れてきた赤井さん・・・もとい、沖矢さんは、蛇口を捻って私の手を水に触れさせると、部屋を探り始めた。救急箱の場所は私しか知らないのだから、はじめから私に聞けばいいのに。

「テレビ台の左下の引き出しの中です」

「ああ、こんなところにあったのか。十分に冷えたら消毒をしてガーゼでも張っておきましょう。・・・・・・、けどその前に」

救急箱を手にした沖矢さんが戻ってきて、私の体を上から下まで眺めて私の頬を撫でた。乾いた土がポロポロと剥がれ落ち、顔に熱が集中した。

「体を綺麗にしなければ折角消毒しても意味無さそうですね」

そう言われて気が付き、私も自分の体を見下ろす。間違いなく崖から転がり落ちたのが原因だ。体の至る所に土がついている。お風呂に入りたい。

「ええ・・・そうね。ではお風呂を借りてもいいかしら」

「どうぞ。着ていた服は洗濯してください。タオルと着替えは用意しておきますから」

暫く指を流水にさらしていたが、痛みが引いてきたので水から離し、水を止めてお風呂場に向かった。
シャワーのコックを捻ってお湯を出す。温度を確かめようとして手を出したら、当然のように走った痛みに顔をしかめた。つい利き手を出してしまった・・・。右手の人差し指と中指を怪我するとは不便だ。今度は左手で温度を確認して、頭からお湯を被った。

「すみません、僕とした事が」

「!!?」

突然開いたドアに驚いてしゃがみ込む。なぜドアを開けた!!

「あっ、開けないでよっ」抗議の声を出すと、沖矢さんは「ああ、すみません。ノックもしないで」としれっと言って見せた。開ける事は前提か!!

「こんな事にも気が付かなくてお恥ずかしい・・・。利き手を火傷していたらお風呂も入りづらいでしょう。お手伝いしますよ」

「あなたっ、自分と私の性別わかってるの!?あなたは男で、私は女!」

「・・・・・・ええ、見ればわかりますよ」

沖矢さんの視線が私の胸に向いていたので、私は慌てて後ろを向いた。み、見られた・・・!

「あなたには借りがありますからね。借りを返させてもらわないと」

袖を捲くった彼に、何を言ってもこの状況では逃げられないと悟り、私は腹を括った。沖矢さんはと言うと、既にお風呂場に入り手を濡らしてシャンプーを手に出していた。


驚いた。沖矢さん・・・というか赤井さんって頭洗うの上手だなぁ。美容師顔負けだ。時折「痒い所はありませんか?」などと言ってくる彼に、「大丈夫。気持ち良いです」と返す私は既に絆されているのかもしれない。

「流しますよ」

「はい」

目と口を閉じて息を止めると、シャワーから直接お湯を当てられた。彼の手が頭をかき混ぜるように泡を落としていく。シャワーが離されて沖矢さんが両手で髪の水気を切ったので、私は顔に付いた水を拭った。

「そう言えば・・・花子さんは恋人とか居るんですか?」沖矢さんがトリートメントを髪に馴染ませながら言った。私は「えっ・・・?」と間の抜けた声を出してしまった。何故このタイミングでこんな話を?

「だってほら、良く良く考えてみればこの状況は結構・・・・・・。もしも花子さんに恋人が居るなら、その恋人に申し訳無いなと思いまして」

「そう思ったのならもっと早くに気が付くべきだったと思いますよ。ですが・・・今私に恋人は居ないのでやましいことはありません」

「・・・・・・そうですか」沖矢さんは手に付いたトリートメントを洗い流してボディータオルを手に取った。「それは良かった。安心しました」沖矢さんがボディーソープをタオルに馴染ませて泡立てる所まで見ると、私は「あ、もう大丈夫ですよ。後は一人で出来ますから」と顔だけ振り返って言った。右腕で前を隠し、左手は彼に差し出した。早くタオルを渡して出て行ってくれ。

「ついでなので、背中も流していきますよ」「結構です」頼むから余計な事をしないでよ!!とは言わずに即答するが「僕に両手を縛られるのと大人しく背中を流されるの、どちらが良いですか?」と追い討ちをかけられる。何なのこの人。私に何の恨みがあるって言うの?あれか、理由もなくFBIで唯一赤井秀一を嫌う女が気にいらなかったって言うのか!

「結局背中は流すのね」

「では失礼します」

肩を落とした私に、答えを読み取った沖矢さんは背中にタオルを滑らせた。

「まあ、僕がこうしたかったというだけなので、花子さんは何も気にしないでください」

「え、」

大分今更だけどまさか最初からそのつもりで私を部屋につれて帰った・・・!?そんなまさか。沖矢さんの手が私の左腕を取り、肩から指先まで洗う。手が離されれば次は右腕だとわかっているので前を隠す腕を交換して今度は右腕を差し出す。火傷したところは遠慮がちにそっと洗うと、今度は耳の後ろにタオルを回した。両耳の後ろを洗うと、そのまま手が前に回される。

「ちょっと・・・!前は自分でやりますよ!」

「そう言わずに」

何がそう言わずに、だ!!沖矢さんの手を止めようと、自由にしていた左手を出したが、沖矢さんにやんわりと掴まれた。しかし私は必死だ。いくら私がこの顔に惚れたからと言っても、中身はあの赤井さんだ。元々彼のことは嫌いではなかったけれど、FBIに一人くらいそんなキャラが居ないといざと言う時に動けないと思い勝手に役作りをしたのだ。そのためか普段から無意識的に赤井さんの事を避けるようになってしまい、赤井嫌いが馴染んでしまった。そんな私が、中身は赤井秀一だと知っていながら沖矢昴にこうも無防備な状況でいいようにされているのが納得いかないのだ。

「やめて・・・本当に・・・」

「何をそんなに拒むんです?」

「何をって、そりゃああなた私たちの関係わかってるの?」

体を捻って後ろを向き、右腕は変わらず胸を隠したまま、左腕を拘束されたまま、制止の声をかける。

「わかっていますが」

「なら手を離して」

「なぜです?」

「〜〜〜!!」

堂々巡りに苛ついてギリギリと歯軋りしながら腕を振り回していると、急に腕を離された。腕が自由になったのはいいが、今度は体の自由がきかない。石鹸の泡が飛び、勢い謝って滑った右腕。崩れた体勢。目の前に居る沖矢さんにぶつからない様に両手を前に伸ばして――「・・・・・・っ!」痛みに顔をしかめた。

「ホォー・・・これは良い眺めだ」

沖矢昴の声で赤井さんの口調でそんなことを言われ、私は別の意味で顔をしかめたのだった。


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