赤井秀一が死んだ。・・・・・・と、世間ではそうなっているが、私はまだ赤井さんが生きている事を知っている。何故ならば彼等の茶番劇に手を貸したのが他でもない私だったからである。


事件前日。私は予め水無から拝借していた拳銃にある細工をした弾を込めておき、それをすれ違い様に彼女のバッグに滑り込ませた。スリの手口を応用して、誰にも気付かれないようにそっと。バッグの中でかさりと音がしたのを聞いて、水無が目を細めた。

用心深いあの組織の事だ。おそらく彼らは水無に赤井さんを殺すよう命令するだろう。私はそれを見越して先手を打たせていただいた。
赤井さんが死ねばきっと水無は組織の信用を得るだろう。水無を彼らの元へ返す際、私は水無に話を持ちかけた。赤井さんを殺せば組織に戻りやすくなると言って。私が良い案を持っているとすぐに判ったらしい水無は何も言わずに頷いた。
水無の拳銃を私に預けて欲しい事と、一発目は胸に、二発めは眉間を狙って打て。そして車を炎上させろとだけ言うと、利口な水無はそれだけで私が思い浮かべている状況を想像出来たらしい。
上手く行くと良いけど・・・と少し不安になりながらも私がそう言うと、水無はあなたがうまくやるのよと言った。彼女のその一言は私を奮い立たせるのに十分だった。

水無を組織に返す前、私は赤井さんの元へ向かった。
私の顔を見た途端、赤井さんはあからさまに嫌そうな顔をした。そりゃそうだ。なんせFBIの公式設定で『FBI内では唯一赤井秀一を嫌う女』が突然目の前に現れたのだから。
「赤井さん、この間の件の報告書の話なんですが・・・」と紙を赤井さんに見せると、彼は思っていたよりも素直に席から立ち上がった。重要機密に関する話とだけ書いた付箋をちゃんと見てくれたらしい。
「丁度コーヒーでも飲もうと思っていたところだ」「では歩きながらでも」そして私たちは滅多に人が出入りしない場所を選んでそこに身を落ち着けた。

「で、用件は何だ?」

「流石は赤井秀一。話が早くて助かります。では、頭のキレるあなたなら既に私と同じ事を考えているのでは?水無をスパイとして組織に返すこと、そして組織に水無の事を信用させなければ、組織の尻尾を掴むための作戦が無駄に終わってしまうとを」

「ホォー・・・。君がそんなに頭の働く人だとは思えなかったよ。そんなことを言うんだ。どんな作戦を提案してくれる?」

「一人・・・ちょっと私の自由がきく捜査官を、他の捜査官に紛れ込ませて呼び寄せる手配をしています。彼に受け渡しの手伝いをしてもらおうかと。それから、ここのところ私たちの周りをウロチョロしている男の子を捕まえて彼の近辺の人間の事を聞き出しました。どうやら工藤有希子とその隣人、阿笠というおじいさんとは遠い親戚らしいですね・・・なぜか異常なくらい警戒されましたが・・・私が考えている事を話したら素直に話に応じてくれましたよ。彼、そうとうキレ者ですね・・・何者なんでしょうか。さて、そんな事は置いといて、具体的な作戦はこうです。赤井さん、死んでください」

「・・・自分の中で話をまとめてから意見するように」

「・・・・・・ではまずこれを見てください」

「拳銃か」

「それは水無が隠していたものです。少し拝借しました・・・。この拳銃には細工をした弾が二番目に一弾だけ込められています。その弾は火薬の爆発では割れにくい素材で作ってあり、中身には本物の血液が詰まっています。水無は恐らく既に意識が戻っているでしょう。水無にはこの銃で赤井さんを撃てと言います。最初は胸に、そして次は眉間に、一発づつ。赤井さんは無抵抗で撃たれてください」

「なるほど。そういうわけで俺は死ねばいいのだな」

「そうです。最後は赤井さんの車を炎上させる予定です。・・・・・・心配はいりませんよ・・・既に死体は調達済みですし、それを赤井さんに見せる偽装工作もしました。赤井さんのその後の事も手配済みです。
あとは無事水無を組織に返して、作戦当日、私が赤井さんの事を回収しズラかるだけです。作戦の合図は水無から直接電話で掛かってくると思いますので、暫く赤井さんには盗聴器をつけさせてもらいますね。
あ、ちなみにさっき言ってた赤井さんのその後と言うのは変装と隠居先です。変装は信頼出来て尚且つ腕の立つ知り合いに来て貰う事になっていますし、その人とは常に連絡を取り合っています。あなたの次の名前は沖矢昴。大学院生です。アパートも借りておきました。ああ・・・でもその前に水無と契約を交わさなければ」

「・・・・・・これだけ優秀なのに、なぜ君はそこらの無名のFBIのように振舞っている?」

「・・・・・・やだな。そんな急に褒められると照れます。ただちょっと真剣になってみただけですよ。私もあの組織には壊滅して欲しいですから」

本当に照れたような気持ちになってしまって、眉を潜めてそっぽを向くと赤井さんは面白そうな目をした。


事件当日。
私は愛車カプリスの運転席に座りイヤホンを耳に入れて新聞と赤ペンを片手に競馬の中継を聞いているような格好をしていた。イヤホンから来葉峠という言葉が聞こえてきた時、私は大げさに落胆して見せてから車を発進させた。次いで電話をかける。――「もしもし、有希子さん?今すぐ発信機を頼りに私の後をついてきて」


ハッチが開き、ごろりと人が転がり込んでくる音が聞こえた。「あら、よくここがわかりましたね」「後ろに停まってる車が目立ちすぎるんだ」私は車を降りて後部座席からブルーシートを引っ張り出すと、赤井さんから服を受け取ってブルーシートの中の死体に着せた。・・・・・・わぉ、ぴったり!赤井さんは新しい服に着替えて私にニット帽を手渡すと、死体を覗き込んで不服そうな顔をした。
予め用意してあった滑車の紐に死体をくくりつけると、私は崖をよじ登る。水無はもう居ない。パトカーのサイレンが近付いてきたので逃げたのだろう。と言うことは監視していたであろう組織の誰かも逃げているはず。
一応あたりを見渡して怪しいものがないかどうか確認してから私は道路に出た。赤井さんのC-1500が燃えている。滑車の何も付いていない方の紐に重石をくくりつけて崖下に転がして落とし、代わりに上がってきた死体を素早く燃え盛る車内に押し込む。「・・・・・・っ、」火傷した。滑車を取り外して崖下に落とすと、ガソリン入りのビンを車に投げ入れて急いで私も崖を飛び降りた。背後ですさまじい爆発音が聞こえた。
転がるように崖から運転席に回りこみ、乗り込んでエンジンをかけて急いで車を出した。「上出来でした」火傷した右手の人差し指と中指を舐めて唾液が乾くのを利用して冷ましていると、いつのまにか助手席に移っていたらしい赤井さんが「そうか」と呟いた。私はスマートフォンを取り出して有希子さんに連絡を入れると、「本当に協力ありがとう。助かったわ。約束?ええ、わかってる。じゃあまたね」と言って電話を切った。


この黒いゴキブリのような車は闇に溶けやすく、隠れて移動するのには最適だった。窓は全面スモーク。ヘッドライトからテールランプまで黒いフィルムを張り、車高を下げてシャコタンにし、ホイールも黒いものに変えてある。見る人が見ればあまりかかわりたくないタイプの車だ。そんな車、目立つだろうと思うかもしれないが、ところがどっこい。そんな車だからこそどんなところを走っていても不思議ではないのだ。沖矢昴のアパートに到着し、路駐すると赤井さんはおもむろに私の右手を取って人差し指と中指を口に含んだ。

「あっ、何を・・・・・・!?」

するんですか、と続けたかった言葉は息と一緒に飲み込んだ。バッチリ変装をした赤井さんは薄く目を開いて私の事を見ている。私はまるで見せ付けるかのように指を舐める赤い舌から目を離せずに顔を赤くした。

「火傷をしたなら早く手当てをしないと痕が残りますよ。家に寄って行ってください」

顔も声も口調も仕草も、全部赤井さんの面影はなかった。・・・・・・だからこそずるい。心臓の音が煩くって、思考は上手く働かなくって、私は「はい」と返事をするのが精一杯だった。

七市野花子、一生の不覚。最後まで完璧に作戦を実行できたと思っていたのに、最後の最後でたった一つの小さなドジの所為で策に溺れてしまった・・・。偶然なのか必然なのか、私が沖矢昴に一目惚れをしてしまうなんて・・・!



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