6月15日、金曜日。午後5時30分ぐらい。

天気予報では声高らかに梅雨入りを宣言し、その日はその宣言通りの雨だった。
午後から急に降り出した雨に焦りつつ私は家に向けて車を飛ばす。洗濯物はもう駄目かもしれない。帰ったら洗い直しだなぁなんて考えながら近道のために裏道に入った。この道は特定少数の人しか通らないし、家に行くのなら大分近道になるので、私は結構この道を気に入っていた。
・・・しかし。「・・・っ!」雑木林の方に黒い影が沈んでいるのを見かけて私はブレーキを踏んだ。これはきっと緊急事態だ。車を降りて影の方に駆け寄ると、やはり、その影は人間で、どうやら倒れているらしかった。

「あっ、あの!大丈夫ですか!?」

軽く頬をペチペチと叩きながら声をかける。頬は驚くほどに冷たかった。木のおかげで多少雨宿りにはなっているようだけど、男の服と長い銀髪は水分を吸って色を変えていた。一体いつからここにいるのだろうか。しかし、ただ雨宿りの最中に寝てしまったと言うわけではないようだ。黒いロングコートの下、白いハイネックの腹部部分に血が滲んでいる。それを確認して私は焦った。

「大丈夫ですか?」

再度声をかけながら胸に手を置くと、呼吸の為に胸が上下している事に気が付いた。よかった。息をしている。「・・・?」けれど気が付いたのはそれだけじゃなかった。何か硬いものが私の手の下にある。上着を捲ってそこを見てみると、「・・・っ!」拳銃!映画やアニメなんかでしか見たことの無いそれが、ホルスターに収まっていた。
思わず手を離す。
普段ならモデルガンとか拳銃型ライターとか、そういう風に思ったんだろうけど、いかんせん状況が状況だ。もしかして危ない人なんじゃ・・・と、私の脳は危険信号を出すが、私の心はどんな人でもこんな雨の中、怪我をしているのに放っておくことは出来なかった。
私は大いなる決断の末、男の両脇に腕を差し込んで、車までずるずると引き摺った。
やっとの思いで車まで到着すると、後部座席のドアを開けて無理やり男を詰め込む。シートや自分の服が濡れるがなりふり構っていられない。長身の、しかも意識の無い男を運ぶのはとても骨が折れた。私は息を整えると、運転席に乗り込んで家路を急いだ。


それから数分で家に着いた。私の家はどこにでもあるような二階建て十部屋のアパートメントだ。
私は駐車場に車を置くと、手荷物を持って先に部屋に向かった。カンカンカン!と古びた階段が音を鳴らす。鍵をあけて電気をつけて、バスタオルを二・三枚玄関に用意する。大急ぎで車に戻ると、男を車から引き摺り下ろし、また両脇に腕を差し込んで引き摺った。
悪夢のような階段を上りきると、あともうちょっと、と気合を入れなおして部屋まで運ぶ。ドアを開けて玄関に男を寝かせると、靴を脱がせて靴下と帽子とロングコートを取って脱衣所に置き、服を脱がせようか迷った挙句上も下も濡れてしまっていたので脱がせた。腹部にはやはり血が滲んでいて、縦長に避けるようにして傷口が広がっている事から、刺されでもしたのだろう。私は部屋から縫い針とテグスを引っ張り出してきて、台所のコンロでなんとか針を炙って消毒し、救急箱を引っつかんで玄関に戻った。
・・・やったことは無いけれど、やらないよりはマシだろう。私は覚悟を決めて消毒液を染み込ませたガーゼを男の傷口に当てた。「ぐ・・・ぅ」痛むのか、男が低くうなり声を上げる。私はガーゼを替えながら傷口を綺麗にすると、なるべく痛くないように思い切って傷口を縫った。麻酔無しはさぞかし痛いだろう・・・。
唸る男の声をなるべく聞かないように私はなんとか処置を終えると、傷口にガーゼを押し当ててテープで止めた。上から包帯を巻けばなんだかもう平気なような気がした。これは精神的に大分参る。私は両手で顔を覆って一息ついてから用意したバスタオルで男の体についた水分を拭き取り、髪の毛を良く拭いた。それから男をベッドに運ぼうと思った時、自分も濡れてしまっている事に気が付いて自分も服を脱いでタオルで軽く拭いた。
男をベッドに寝かせて布団をかけると、ようやく私はその場に座り込んだ。男の顔をチラリと見てみると、少し落ち着いたようで、顔色が良くなっていた。・・・よかった。私も落ち着いた。落ち着いたところで、今度は自分の心配をしなければならない。私はさっき脱ぎ捨てた上着にもう一度袖を通して前をしっかり閉めてからベランダに出て、ずぶ濡れになった洗濯物を取り込んだ。そのまま脱衣所に行き、私の服と男の服のポケットの中身と男のホルスターを除けて、全部脱水にかけた。それが終わるまでに部屋の暖房をつけて水浸しになった廊下を拭いてガーゼのごみを片付ける。新聞紙を持ってきて、私と男の靴に突っ込んで壁に立てかけると、丁度洗濯機が脱水終了の合図を出した。洗濯機のところまで戻ると、今度は洗剤と柔軟剤を入れて洗濯機を回す。そして冷え切った自分の体を温めるためにお風呂に入ることにした。
蛇口をひねるとシャワーからは冷たい水が出た。シャワーを浴槽に向けて暖かくなるのを待って、頭からお湯を被った。冷たい指先にジンジンと血がめぐる感覚がする。自分が思っていたよりも私の体は冷えていたらしい。と言うことは、あの男の体もそれくらい冷えているのだろう。部屋には一応暖房をつけたけれど、そんなにすぐには暖まらない。それに、いくら布団に寝かせたからと言っても、自身が発熱していなければ暖かくなることはないだろう。何とかしてあげないと・・・。そしてあの男、いつ目が覚めるのだろう。今日は無理だろうな・・・会社に連絡して明日は休むと言っておいた方がいいだろう。おそらく、この時間ならまだ部長あたりが残っているはずだ。
次から次へと頭に考え事を巡らせながら、適当に体を洗うと手早く体を拭いて着替えを済ませた。
洗濯機はまだ止まらない。台所に向かって薬缶に水を入れて火にかける。沸騰するまでの間にと私は会社に電話した。

「あ、もしもし。お疲れ様です。七市野です。ええ、はい。実はそのー、私の兄が体調を崩してしまって、看病のために明日お休みを頂きたいのですけれど・・・ええ、突然すみません・・・いいですか?ありがとうございます!はい、では、失礼します」

やはり出たのは部長だった。いつもの人の良さそうな口調でOKを出してくれた。よかった、とまた一息。お湯はまだ沸騰していなかったので、男の様子を見てみることにする。容態に変化無し。ただし頬の冷たさも変化無し。・・・これは良くないな。唇も血色が悪く、冷え切っているのだろうとわかる。そうそう簡単には暖まらないか。と溜息をついて、薬缶のところに戻る。沸騰したようだ。火を止めてマグカップにインスタントの生姜湯を入れてかき混ぜる。どうせまだ暑くて飲めないからと私は先に髪を乾かす事にした。
髪を乾かしてから生姜湯をちびちび飲んでいると、ようやく洗濯機が洗濯終了の合図を出した。
洗濯物をお風呂場に干して乾燥機をつけると、残っていた生姜湯を飲み干した。男が眠るベッドへ足を向けると、私は腹を括った。朝起きたら男が冷たくなって動かないとか、寝覚めが悪すぎる・・・!私はなるべく平然を装ってベッドに潜り込んだ。やはり、ベッドの中も冷えていた。男の体を温めるように寄り添って目を閉じると、精神的にも肉体的にも疲れきっていた私が眠りにつくのは時間の問題だった。


眠りについた午後7時28分。



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