「ルーピン先生!」わたしはルーピンの部屋に駆け込んでいの一番に名前を呼んだ。ルーピンは本棚を片付けながら振り返る。「――ああ、花子か」
やつれた顔のルーピンはソファを指差して「どうぞ座って」と声をかけて、作業を一時中断させた。わたしが座ったのを確認すると、自分も向かい側に腰掛けてティーセットを用意した。ついでにお茶菓子を出すのも忘れない。

「ルーピン先生、辞めちゃうんですか・・・」

「花子も噂を聞いてここまできたんだろ?“だれか”が“うっかり”私の正体をばらしてしまったようでね。明日の朝には生徒たちの両親から抗議の手紙が来るだろう。ホグワーツの教師が、こんな・・・私のような者ではね」

ルーピンは自嘲気味に笑って肩を落とした。ルーピンの言うとおり、わたしは他の生徒たちがこそこそとルーピンが実は人狼であると噂していたのを聞いてここに走ってきたのだ。誰かが「ルーピンの授業、面白かったのに。残念だなあ」とぼやかなかったら最悪の想像までには至らなかっただろう。

「花子とこうしてお茶会が出来るのも今日が最後になるね」

「そんな、湿っぽい事を言わないでください!わたしは別れの挨拶をしにきたわけじゃありません!」

寂しげに言ったルーピンに、思わずわたしは机に両手をついて怒鳴った。「短い間でしたが、先生に相談に乗ってもらって助かったことが何度もありました!少なくとも、わたしもハリーもロンもハーマイオニーも先生がいてくれて良かったと思っています!これからもお手紙書きますから・・・!」最後は言葉を濁して俯くと、ルーピンは至極嬉しそうに破願して、羊皮紙と羽ペンとインクを呼び寄せると、どこかの住所と『ムーニー』とだけ書いてわたしによこした。

「この住所に、ムーニー宛に送ってくれると嬉しい」

その笑顔を見てわたしはピンと来た。「もちろん!」

「それから、私はもう先生ではなくなるわけだから、心置きなく君とセブルスのことを応援できるね」

「えっ」

「君がセブルスのことを愛しているのは知っているよ。いつか彼と思いが通じた時、花子の秘密も教えて欲しいな。花子が私の秘密を知っているのに、私が知らないんじゃあフェアじゃないからね」

ルーピンはわたしから返事も聞かずに立ち上がると、さて、私はまだ荷造りをしなくちゃいけないのでね、また手紙で!とにこやかに笑って、また作業をはじめてしまった。わたしは紅茶を全部飲んでから「ごちそうさまでした」と言って「じゃあ、またねリーマス」と手を振った。リーマスは少し驚いたような顔をしたけれど、とても嬉しそうに「また」と手を振り返してくれた。


ちょっとだけ悲しい気持ちになりながら廊下を歩いていると、マクゴナガルと出会った。マクゴナガルはすれ違う前に「・・・・・・ああ、ミス・七市野」と声をかけて、わたしの足を止めた。

「ルーピン先生の事はとても残念でしたね・・・。私もアルバスも何とかならないかいろいろと動いてみたのですけれど。ですが、辞任となると、引き止めるのも難しく・・・」

マクゴナガルも残念に思っているらしく、肩を落として溜息をついた。そう言えば、マクゴナガルはリーマスの恩師でもあったはずだ。寂しがるのは無理もない。

「また昔話でも聞かせてください。リーマスに手紙を書くと約束したので、その時の話のネタにもなりそうですから」

にこりと笑って言えば、マクゴナガルはなんだか嬉しそうに微笑んだ。「彼は幸せ者ですね。良い仲間にめぐり合えたのですから」今も昔も、とマクゴナガルは付け足して、先ほどよりも足取り軽く去っていった。


感傷的になっている花子とは反対の意味で感傷的になっている男がいた。――セブルス・スネイプである。
彼はマーリン勲章を逃した事でかなり苛立っており、今朝方生徒たちに「リーマス・ルーピンは人狼だ」とついうっかりしゃべってしまったくらいだった。それでもまだ苛立ちは収まらず、『生ける屍の水薬をマンドレイクに投与した場合、マンドレイクにどのような効果をもたらすか』という論文を書き上げる事に集中した。
はじめはなかなか収まらなかった苛立ちだったが、生ける屍の水薬を作り始めた時からその苛立ちを忘れ、魔法薬作りに熱中できた。生ける屍の水薬を作り終えると、それを試験管に移して温室へ向かった。スプラウトの許可を得てマンドレイクを2つ頂戴して研究室に戻る。1つには生ける屍の水薬を50ml投与し(これをAとする)、もう1つには投与しなかった(これをBとする)。研究室から音が漏れないように「マフリアート」と部屋に呪文をかけると、自分は耳あてをしてからマンドレイクを土から引っこ抜く。Aはぐっすりと眠っているようで、ぐったりとしていた。恐る恐る耳あてをはずしてみると、あの泣き声はまったく聞こえなかった。もう一度耳あてをしっかりとして、次はBを引っこ抜く。けたたましいその泣き声は耳あてをしていても聞こえるほどで、スネイプはうんざりしながらマンドレイクを産湯につけた。その後、AとBの違いについて羊皮紙にメモを取ると、次はこのマンドレイクを使ってどんな魔法薬を作ろうか思案した。無難に強力回復薬を作るのがいいのか、はたまた元通り薬をつくるのがいいのか・・・。とりあえず無難な方で試してみようと思い至り、材料をかき集めた。


「・・・・・・・・・うむ、」スネイプは実験の結果を羊皮紙に書き留めて満足げに頷いた。結果から言えば、強力回復薬の出来はAもBもすこぶる良いものだった。つまり、A=Bであったのだ。結果は同じであれど作る過程が違えばこれは大きな発見だ。自分で書いた『生ける屍の水薬を使用することによって、より安全にマンドレイクを扱う事ができる』という文字を目でなぞってスネイプはまた頷いた。その表情はいささか嬉しそうである。だが、この研究では精製に少々難のある生ける屍の水薬を使っている事から、実用するのにはむずかしいので、この先呪文かなにかで代用できるように考えなくてはならない。そう思うと、研究家気質のスネイプは胸が躍った。実験で使ったものを手早く片付けると、そう言えば忘れていたと部屋にかけた耳ふさぎの呪文を解き、時計を見て驚いた。――もう10時ではないか!
食事を摂り損ねる事はよくあったが、今日に限ってスネイプの腹は空腹を訴えている。そういえば今日は朝から何も食べていなかった。スネイプは軽く舌打ちをすると、厨房になにか食べるものを貰いに行こうと研究室の扉を開けた。「っ!?」「!!?」途端、何かが倒れこんできて、反射的に受け止める。よくよく見れば、それは見慣れた花子の姿だった。スネイプは一瞬自分が幻覚でも見たのかと思って呆けるが、抱きとめた花子が腕の中で身じろいでハッとする。

「花子・・・今が何時だかわかっているのかね」

「うっ、す、すみません。朝からセブルスの姿を見ていなかったので」

さりげなくファーストネームで呼ばれてスネイプは一瞬くらりとする。もしや花子は、私が花子にこう呼ばれるのに弱いと知っている・・・?スネイプが疑わしげな目で花子を見つめていると、花子は慌てて訂正した。
「ポ、ポリジュース薬で変身しているわけじゃないですよ?わたしです、正真正銘花子です!」

慌てている花子も可愛らしいなと頭の片隅で思いながら、消灯時間を過ぎてもここにいることは見逃してやろうと思った。

「左様か・・・で、我輩に何のようかね」

「あの、ずっとノックしたり呼んだりしたのですが・・・セブルス先生気が付かなかったようで、わたし、待ってたんです」

今度は“先生”付きで呼ばれたことに多少のショックを受けつつ、スネイプは花子の言い訳を聞き流した。スネイプが黙ったままでいると、花子はいたたまれなくなったらしく、手に持ったバスケットを押し付けてきた。

「本当はセブルス先生とお話したいと思っていたんですが、もうこんな時間なのでわたし、えっ?」

バスケットを受け取ったスネイプは、花子の言葉を最後まで聞かずに手を引いた。「もうすでに罰則物だ。心配する事はない」その言葉に花子は顔を青ざめたが、スネイプの「我輩の部屋の暖炉からフルーパウダーを使えば良い」という言葉を聞いて破顔した。コロコロと表情の変わる娘である。

「入りたまえ」

スネイプは握ったままの花子の手を引いて、研究室ではなく自室へと促した。花子が持ってきた料理は若干冷めてしまっていたので、魔法で暖めた。量が2人分なのは、おそらく彼女も一緒に食事を取ろうとしていたという事か。スネイプは時計を見て、いったいいつから待っていたんだ・・・とぼやくと、ティーセットを2人分用意した。かなり遅すぎる晩餐の始まりだ。


その後、花子の口から「リーマスが学校を去ることになって寂しい。でも、彼とは友達になった」という言葉を聞いて、自分がした行いに悔やむ事になったのはスネイプ(と、おそらくルーピン)しか知らない。


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