私は少々焦りを隠せないでいた。ポッターが秘密の部屋に一人で行ってしまったと七市野に助けを求められてついて行った私だったが、正直ついていかなければよかったと思った。


七市野はいろいろな人間と仲良くしているが、彼女はいつも自分がなにかを『してもらう』ことを本当に快くないと思っていたし、自分がなにかを『してあげる』事は喜ばしい事としていた。はじめは生い立ちのせいなのかとも思ったが、そんなわけあるまいとすぐに否定した。生い立ちのせいなら、彼女の性格は真逆になっているはずだ。
そんな彼女の性格だから、きっと惹かれる者も多かっただろう。人望も厚く、ホグワーツの教授たちも彼女の事が嫌いではなかった。しかし、彼女は誰にも心を開いていないのではと私は思った。あの強固な閉心術。あれで他人との間にバリケードを作っているようだった。その他にも、それは彼女の他人の呼び方で判断できる。
一つ目に、親しい者はファーストネームで呼んでいる事。たまに例外としてウィーズリー家などの兄弟を区別するときにはファーストネームで呼んでいるようだが、ダンブルドアやポッター、グレンジャー、ロナウド・ウィーズリーなどに対しては好んでファーストネームで呼んでいるようだ。
二つ目に、嫌っている人物の事をフルネームで言っている事。彼女が嫌っている人物はごくわずかだが、ドラコやクラッブ、ゴイル等のことをフルネームで示している所を何度か聞いたことがある。
三つ目に、上記以外の者はファミリーネームで呼んでいる事。私を含めて教授陣や他の生徒たちは全てファミリーネームでしか呼んだ事がない。
ずいぶんと幼稚な『区別』の仕方ではあるが、彼女はそうやって自分の中で整理整頓をしているようだ。
私が『その他』のグループにカテゴリーされている事がどうも気に入らない。というか、どうにも我慢ならない。おまけに、秘密の部屋に行った時に最初は私の手を握っていたのが、ポッターを見つけるなり何事もなかったかのようにするりと手を離してそちらに駆け寄っていきあまつさえ、自分から抱きしめるなんていう事をしてみせた。格差が見えてしまった。
だから、彼女が私を訪ねてきた時は、少し嬉しかった。彼女は授業の事以外では教授の部屋に立ち入らないからだ。
しかし、過ぎた事を蒸し返されるのは、私としてはあまりいただけない。七市野からマダム・ポンフリーが言っていた事を聞かされそうになった時は、思わず心の中でマダム・ポンフリーに呪いの言葉を言ってしまったほどだ。
その後、おそらく七市野にとっては触れてほしくないだろう事を武器に、少々大人気無いながらも強制的に降参していただいて、どうにか「セブルス先生」と呼ばせる事に成功した。ダンブルドアの事はアルバスと呼ぶくせに、私には先生、と敬称をつけたのが少し気に入らなかったが、ドラコやポッターたちの前で我輩の名前を呼ぶ時にいちいち苦労するようになれば少しは意識する事だろう。そのまま心に、魂に、私の名前を刻み込んでしまえばいいと思った。私は及第の証に「ならば、今回はこれ以上の事を聞くのはやめておこう。安心しなさい、“花子”」と彼女には気付かれない呪いをかけた。


表彰式が終わって、生徒たちが帰っていく中で、やはり花子・七市野は広い大広間に取り残されていた。
ダンブルドアによれば、花子は自分の知らないうちに親戚たちから家を追い出され、二度と帰る事はできないらしいのだが、なぜかダンブルドアはその事実をひた隠した。そのせいで去年の今頃には拗ねた花子に「わからずや!」と怒られて、ついでにマクゴナガルにも大目玉を食らってこの大広間の天井を大嵐に変える羽目になったのだが、ダンブルドアは未だに事実を打ち明けていない模様である。つまらなさそうに椅子に腰掛けて天井を見上げて物思いに耽っている彼女を見れば一目瞭然であった。

「何をしている、花子?」

背後から近寄り腰を折り曲げて顔を覗きこむと、花子はひっくり返った。「スブルスせんせ!?」
私は椅子から落ちそうになった花子の下に膝を滑り込ませて訂正した。「セブルスだ」

「いえ、その、噛みました。失礼しました」

「我輩が思うに・・・セブルスよりスブルスの方が発音が難しいと思うのだがね?」

思いがけず花子に膝枕をしているような格好になってしまったが、気にせずそのまま真上から見下ろすと、花子は慌てて話をそらした。「あー、ありがとうございました。おかげで床と仲良くしないですみました」本人は笑ったつもりでいるようだったが、失敗していた。

引きつった笑顔のまま起き上がると、スカートや脚についた埃を払った。
まあ良いだろうと無理やり結論付け、先ほどと同じ事を問うた。「――それで、何をしていたのかね」

私が先ほどまで花子が座っていた席の隣の席に座ると、花子も元の場所に座りなおした。

「いえ、特に何もしていなかったのですが、大広間の天井をながめていました。いい天気だなあと思って」

「そうだな。丁度去年の今頃は大嵐だったからな」私は花子に習って天井を見上げた。穏やかな空模様だった。花子は「あはは・・・」と曖昧に笑ってから、「そうだ」とこちらに視線を向けた。視線を返してやればばちりと目が合う。

「セブルス先生、明日、もしよければですが・・・中庭でランチでもいかがですか?ハウスエルフにランチセットを作ってもらって!」

この大広間に誰もいないか確認をして、「いいだろう」と答えた。「ただし」と急いで付け加える。

「ただし、他には誰も誘うな」

自分の眉尻が下がっていようが、唇の端が少しだけ上がっていようが、気にならなかった。おそらく、ダンブルドアあたりが聞いていたら「わしも誘ってくれんかのう」と横入りしてくるだろう。それだけは阻止しておきたい。
不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んできたので、「その代わり、我輩が紅茶を用意するとしよう」と言うと刹那目を彷徨わせた花子ははにかんだ。


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