3階の女子トイレに着くと、すでにマクゴナガルとロンがぜーはー言っていた。マクゴナガルはわたしの姿を見つけると、咳払いをしてから言った「セブルス、そろそろ降ろしてやってはどうです?――ミス・七市野、ミスター・ウィーズリーが落ち着かなくて何を言っているのかさっぱりです」。スネイプは慌ててわたしを“落とし”、咄嗟に杖を振ったマクゴナガルのおかげで無様に腰から床に落ちるのを免れた。

「実は、この下にロックハートがいるんです。彼はハリーとロンに忘却呪文をかけようとしたみたいなんですが、誤って自分にかけてしまったようなんです」

「ロックハートのやつ、何もかも忘れちゃったんだ!」

「まあ!」

「・・・ほう、さすがはかの有名なギルデロイ・ロックハート氏ですな。ずいぶんと強力な忘却呪文のようだ」

気を取り直したスネイプが入り口まで近寄っていくと、「合図があるまで入らないように」とだけ言って、するりと穴に落ちていった。

「花子、どこに行ってたんだよ!ずいぶんと遅かったじゃないか!それに、スネイプなんかつれてきて!」

ロンに泣きそうな声で縋られたが、発言の一部をマクゴナガルに窘められてしまった。わたしは「校長室に用事があって。フォークスを出してあげたのよ。それに、スネイプ・・・先生ってなんだかんだ言って助けてくれると思わない?」とマクゴナガルの視線を気にしながらいった。

「ああ、だからか!さっきフォークスが中に!」

「おや、セブルスから合図がきましたよ」

穴がちかちかと光って、マクゴナガルはそれを合図だと言った。わたしはさっき自分で出したロープの端を掴んで穴の中に滑り込んだ。


「わ!」

すべり落ちた先にはスネイプとロックハートがいた。ただし、ロックハートは石化呪文かなにかがかけられているようでピクリとも動かない。

「な、なぜお前が来た!・・・しかたない、我輩の後ろから離れるな」

慌てたスネイプは自分たちに向かって「プロテゴ!」と保護呪文を唱えると、次に、瓦礫の山の隙間を見つけて「レダクト!」と唱えて、大きい岩を粉々にした。そして、人が一人通れそうな穴ができた。他の岩が支えあっているようで、どうやらこの岩がなくなったところで崩れる事はないらしい。
その穴をくぐって迷路のような道を進む。スネイプは片手でわたしの手をとって、もう片方の手で杖を握った。
そしていつ何が来てもいいように、杖を構えながら進む。わたしもそれに習って、空いている方の手で杖を握ったまま背後を気にしつつ進んだ。
それにしても、本当に迷路のようね!ハリーはどこにいるのかしら。耳を済ませても聞こえるのはわたしたちの薄い息遣いと水の音、それから、低いごうん、ごうんという大きな換気扇が回っているかのような音だけだった。何も音がしないという事に酷く不安を覚えて、思わずスネイプの手を強く握った。
次の角を曲がった時、スネイプはハッとして走り出したので、手を引かれているわたしは躓いてしまいそうになった。スネイプが目指す先はどうやら開けた所になっているらしい。もしかしたら、そこにハリーがいるのかも!開けた所に出て、走るのをやめて叫んだ。「ハリー!」
果たして、ハリーはそこにいた。

「花子!それにスネイプも!?いや、ジニーが!!」

ハリーはいささか驚いたようだったけれど、すぐにジニーの事に触れた。ジニーはハリーに抱きかかえられており、ぐったりとしていた。

「ああ、ジニー!」

わたしはスネイプの手を離してジニーに駆け寄った。そして、真っ青になっているその顔を撫ぜる。

「ロンー!!こっちよ!早く!」

ジニーの怪我を調べながらロンを呼ぶ。すぐにバタバタと走ってくる音が背後から聞こえ、「ハリー!ジニー!!」ロンが駆け寄ってきた。わたしは自分がいた所をロンに譲ってやると、ハリーの怪我を調べた。

「ハリー、怪我は?」

「いや、フォークスが助けに来てくれて、それで、」

「そう・・・よかった・・・」

ハリーを強く抱きしめると、ハリーは慌ててわたしを引き剥がした。「それよりもジニーが!」

「大丈夫よ。マクゴナガル先生もすぐに来るから。それでハリー、どうなったの?」

背後でマクゴナガルが「ジニー・ウィーズリーはどこです!?」と叫んだ。それを聞いて安心したらしいハリーは、酷く疲れたような顔を背後に向ける。そこには大蛇というには大きすぎる蛇が横たわっていた。わたしは思わず口元に手を当てる。

「あれがバジリスクだよ。フォークスが持ってきた組み分け帽子からゴドリック・グリフィンドールの剣が出てきて、それで倒したんだ。・・・それから、トム・リドルの日記だけど、あれはリドルが自分の魂を込めたものだったみたいで、リドルはジニーの魂を奪って自分を復活させようとしていた。・・・彼は、50年前のヴォルデモートだった」

そこまで言って、ハリーは傍らに落ちていた日記を手に取る。日記の表紙にはいくつも突き刺した痕があり、中央には(推測ではあるけれど)バジリスクの牙が刺さっていた。

「この日記帳にバジリスクの牙を刺したら、リドルは消えてしまったよ」

そして、ハリーは落ちている組み分け帽子とゴドリックの剣を拾い上げて、もう一度ジニーを見つめた。視線に気が付いたマクゴナガルが「ミスター・ポッター、大事がなくてよかったです。では、大急ぎで戻って他の先生方に伝えなければなりません。石化の正体がわかったのですから」と言って、ジニーに「モビリコーパス」と唱え、体を浮かせて運べるようにした。
その後、わたしたちは大急ぎで入り口まで戻り、わたしが降ろしておいたロープを伝って外に這い上がった。
(この際、スネイプはかなり雑にロックハートの足を浮かせて逆さ吊りにして浮かせながら上がってきた。)
ロックハートの事はスネイプに任せるとして、わたしとハリー、ロン、マクゴナガルの3人はジニーを連れて医務室まで走り、マダム・ポンフリーに石化の原因を告げた。

「なんて事!それでは今すぐにポモーナを呼んできてください!たくさんのマンドレイクが必要ですよ!」

そして石にされた生徒たちはハーマイオニーも含めて元に戻った。ハーマイオニーに「ちゃんと私の言う事を聞いてくれたみたいで良かったわ、あなたのおかげよ!」と言われ、ハリーとロンから不思議そうな顔をされた。どうやら両者で思い違いがあるようだったけれど、わたしは何も言わない事にした。
校長の座を追われたアルバスは、容疑がはれてホグワーツの校長室に戻ってくる事が出来た。ハグリッドもアズカバンから出る事ができ、わたしたち4人を抱きしめておいおいと泣いた。まるで大粒の雨が降ったみたいになってずぶ濡れになってしまったわたしたちを見て、ハグリッドはすまなさそう(でも照れくさそうに)にはにかんだ。わたしたちは顔を見合わせて笑った。


さてさて、わたしはついうっかりしていたのだけれど、全部終わった後にスネイプの元を訪ねた。まだお礼を言っていなかったのだ。

「スネイプ先生?七市野です」

扉をノックして言うと、すぐに扉が開いた。「入りたまえ」静かなスネイプの声が聞こえる。中に入ると、扉は自分で勝手に閉まり、明るさに慣れた目が光を取り入れるのに少し時間が必要だった。
目が慣れると、スネイプはソファに座って紅茶を飲んでいたようだったので、わたしはその隣に腰掛けた。スネイプは素早く杖を一振りしてティーカップを出す。その綺麗な深紅からは良い香りがして、思わず深く息を吸い込んだ。

「いただきます――あの、わたしが眠っていた時の事、マダム・ポンフリーからお聞きしました」

一口飲み込んだ紅茶は、その香りもさることながら、味もすばらしいものだった。ほっと息をついた時、隣から派手にむせた音が聞こえ、わたしは慌てて手に持っていたティーカップをローテーブルに置いてスネイプの背中をさする。「大丈夫ですか?」

「ああ、いや、・・・続けたまえ」

今度こそ落ち着いて紅茶を喉に流し込んだスネイプを見て、わたしはまさかと思いながら、笑い事のようにマダム・ポンフリーの声真似を混ぜながら続けた。「マダム・ポンフリーったら『スネイプ教授はそれはもう鬱陶しくなるくらいに落ち着きがなくって、ずっと「もういいしゃべるな!!」・・・はい?」続けたまえと言われたから続けたのに、わたしの言葉はスネイプの悲鳴じみた叫び声で遮られた。こちらからスネイプの表情は見えないが、肩がわなわなと震えていた。もしかしたら、お礼が遅くなって怒っているのかもしれない。

「えっと、あの、ごめんなさい・・・わたしまだお礼を言っていなくて。・・・ありがとうございました。嬉しかったです」

わたしがそう言うと、スネイプは一瞬だけこちらを見たが、すぐに目をそらして「ああ・・・」と言った。長い前髪に邪魔をされて、再びスネイプの表情は見えなくなった。

「我輩も、七市野には聞きたい事があった」

スネイプはゆっくり言葉を選ぶようにして切り出すと、時間をかけて次の言葉を口にする。

「我輩はマクゴナガルに『グレンジャーの持っていた手鏡に写ったバジリスクの眼を、ピープズの太った腹を通して見た』と伝えたが・・・・・・」

思った以上に核心をつかれそうになって焦った。だけどわたしはそれを表情に出さないように努めて単調な声で言った。スネイプが次の言葉を選び終わる前に言ってしまいたかった。

「ええ、先生のおっしゃる通りです。わたしは、ハーマイオニーの手鏡を見ようとしましたが、ピープズに邪魔をされて、それで」スネイプはわたしの目をしっかり見て「ただの我輩の当てずっぽうがそのようにうまく当たるわけがあると?」少しだけ顔を近づけた。わたしは顔をそらす事も目をそらす事も、体を動かす事も出来ずに固まった。蛇に睨まれたカエルの気持ちがなんとなくわかった気がした。そのまま数秒見詰め合って、わたしはやっと動けるようになって肩を落とす。

「スネイプ先生、少しは自分に自信を持ってください」

ふぅとわざとらしく溜息を吐いて、スネイプから体を離すと、もう冷め切った紅茶を口に――「セブルスと」――入れたとたん、盛大に噴出してしまった。「なんですって?」

「我輩の事はセブルスと呼ぶが良い。校長の事をファーストネームで呼べるのだから、それくらい容易い事だろう」

「ええと、でも、スネイプ先生」

「セブルスだ」

「ドラコ・マルフォイやハリーたちになんて言われるか・・・」

「セブルスだ」

「先生?話聞く気ありますか?」

「セブルスだ」

何を言っても「セブルスだ」としか返さないスネイプに、わたしは諦めて肩をすくめて見せる。「あー、はい、わたしの負けですよ」

「なるべくセブルス先生と呼ぶようにしますね」

とお手上げのポーズをとって言うわたしに、スネイプはふん、と言って「ならば、今回はこれ以上の事を聞くのはやめておこう。安心しなさい、花子」と、わたしに及第点をくれたのだった。


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