アドレナリンの力とは凄いもので、あの後私はノンストップで建物からの脱出に成功した。周りの事が何も見えなくなるのがたまにキズだが。出てきた私に気が付いた警官が駆け寄ってくるまで、男の麻酔が切れて痛がっているのに気が付かなかったくらいだ。慌てて男を下ろして、痛み止めを打ってやる。長い間苦しんだに違いない。次いで出てきたブラックジャックが適当な所に女性を横たえると、警官に現状を伝える。どうやら、やはり救急車はみんな出払ってしまったようだった。しかし警察車両で良ければ乗せてくれるとの事。

「でもこの近くの警察病院・労災病院・一般病院は全て埋まっていて現在受け入れが困難な状況となっています。ここから1時間強は走らないと空いている病院は無さそうです」

「それじゃあ間に合わん!!いい!うちの診療所へ向かう!道順を説明するから良く聞け!」

怒鳴りちらすブラックジャックに慄いた警官は胸ポケットからメモ帳を取り出してそこに言われた事を書き殴っていく。

「うちの車にこの助手と女性の方を乗せておきたい。早産でね。もう破水してるんだ。その男はまだ時間にゆとりがある。そっちに乗せてやってくれ。緊急事態だ。先導は任せるが、道を間違えないでくれよ?」

そう言うと、もう一度女性を抱きかかえて車を停めているであろう場所に向かって歩いて行く。私は男性を警官に任せて、ブラックジャックの後に続いた。
幸いにも双方の車は近い場所にあって、アイコンタクトを取る事が可能であったので速やかに車を出す事が出来た。

「良く頑張ったな」

「ええ本当に。もう少し耐えてね・・・・・・」

女性の手を握りながらそう言うと、運転席から「・・・あんたの事なんだがな」と聞こえてきてはっとした。私を褒めたのか、この男。気味の悪い思いで「あ・・・ああ、そう・・・
」と曖昧な返事を返すと、女性の方に意識を集中させた。

「ひっひっふーよ。わかる?有名でしょ?ラマーズ法よ。ひっひっふー」

果たして彼女に私の声を聞く余裕があったかは分からないが、私はそうして声をかけ続けた。診療所へ着いて、ブラックジャックが女性を抱き上げるまで。
診療所のドアを開けて「ピノコ!急患だ!」とブラックジャックが叫ぶと、バタバタと音がしてすぐにピノコちゃんが走って来た。

「アッチョ!先生、ろうちたのよさ!」

「良いから早く手術室を二部屋用意してくれ!・・・花子、あんたはこっちの患者を任せるぞ」

「ええ」

「あの、助手さん?こちらの男性はどちらへ運べば?」

「ブラックジャック!部屋の案内をして!」

「もォ〜!助手はピノコの方なんやかや!!」

私が助手だと返事した事に反感があるらしいピノコちゃんは怒りで顔を真っ赤にした。

「ああそうねピノコちゃん。この人を手術室に案内してあげてくれる?」

「・・・・・・ふんっ、こっちよのさ」

ぷんすこ怒りながらもちゃんと部屋まで案内してくれるので助かる。
私はとりあえずブラックジャックについていき、手術台に載せられた女性の様子を見た。「そう・・・ひっひっふーよ・・・上手ね。良いお母さんになるわ」そう声をかけながらも私は誤診していた事に気が付いた。これは早産なんかじゃない!逆だ!胎児が大きくなりすぎていて産道を通れないのだ。良く今まで保ってきたな・・・それに、なぜこの状況で独房に入っていたのやら・・・。警察機関の杜撰さに腹が立つが、今はそれどころではない。

「帝王切開する!」

私の切羽詰った声に、ブラックジャックは慌ててピノコちゃんを呼んだ。そしてすぐに私に手術道具一式を貸してくれた。手袋を嵌めてもらって、やって来たピノコちゃんに産湯や清潔なタオルなどを口早に頼むと、ブラックジャックに「後は任せて。あなたはあっちの患者を早く何とかしないと。こっちの準備が整えばピノコちゃんは返してあげるし、こっちの方が先に終われば私も手伝いに行くわ」と諭して退出させた。
駆け回って必要なものを集めてきてくれたピノコちゃんが「あかたんうまえゆの?」と準備をする私の手もとを覗き込んだ。

「そうよ」

ふーんと素っ気無い態度を見せるピノコちゃんであったが、明らかに見学したそうな素振りだ。しかし彼に約束した手前、助手を独り占めするのは良くない。見せてやりたかったがそれはまたの機会でいいだろう。そのうち、研修という名目でうちに来ることがあればだけど、運が良ければ立ち会えるかもしれない。・・・ふむ。それは案外良い考えかもしれなかった。助手はいて困らないし。・・・まあ、それはまた考えよう。

「ピノコちゃん・・・気持ちはわからないでもないけど、今はブラックジャックの方を優先して」

「・・・そんなのわかってゆわのさ!らんなたんの助手は、おくたん!であるピノコにしかつとまんないんやかや!!」
さっきの事をまだ引き摺っているらしいピノコちゃんは、おくたん、の部分をやけに強調してそう叫ぶと走って部屋を出て行った。そう、それでいい・・・。

「帝王切開にて胎児を取り出します。輸血・・・・・・。全身麻酔」

輸血の点滴に麻酔を刺して「さあ目を閉じていてください・・・そのままゆっくり意識が無くなって、目が覚めたときには全部終わっています。大丈夫、皆無事ですよ・・・」そう囁く。不安そうな瞳が閉じられ、意識が無くなった事を確認すると、私はメスを手に取った。



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