「おいあんた・・・」

心地良いテノールの声が話かけてきたのが分かった。「気が付いたのか。よかった」「私・・・」自分の声ははっきりしていた。「私はどうなったの・・・?」眩し過ぎる光に目を細めてつぶやく。まさかここが天国?私はいつの間に三途の川を渡ったの?しかし幽霊ってものは体の感覚もしっかりあるようだ・・・。どうやら私はベッドに寝かされているようで、近寄ってきた声の主が私の手首や首筋を触っている。声が近い。「あんたはトラックに轢かれたんだよ」そう、それが私の死因なのだ。この人はきっと天使か何かなんだろう。声に優しさを滲ませているから良い天使に違いない。早く目よ慣れろ。声の主の姿を確かめたくて、私は瞬きを繰り返した。徐々にはっきりしてくる視界。まず天井が目に入って、私は視界を取り戻した。「安心なさい」声の主を探してあたりを見回したが、私はとんでもない混乱を迎え入れることになる。「手術は成功した。峠は越えたよ」「は?」なにえっ、なにこの天使ドストライクなんだけどえっ何?何て言った今???
混乱で声も出ない私にふっと笑んで、男はもう一度言った。「手術は成功したんだよ。きみにはなんの後遺症も残らないだろう」「しゅじゅつ?」何の事だ?しゅじゅつ?・・・手術!?一体何の手術だというんだ。天国に来ても手術なんてものが必要なのか?・・・あ、もしかして痛めた体を元に戻してくれる施術的なあれなんだろうか・・・。いかんせん天国に来るのは初めてなので、ここでのルールだとか常識だとかは分からない・・・。ああ、これから私はどうなるんだろうか。
私の心配をよそに、男はいまいち釈然としなさそうな何か言いたそうな顔をしていた。しかしこの人よく見ると天国に似つかわしくない風貌をしている。白と黒に分かれた不思議な髪をしていて、顔には大きな傷、片目の方なんかは皮膚の色が違う。おまけに目つきは最高に悪い(なんなら人を殺してそうな目だ)。・・・もしかして、という事はここは地獄?そんなまさか。でもこの人は私の事手術してくれたんだよね。良い人なんじゃないの・・・?そうだ、確かに声は優しく慈愛に満ちていた。見た目が全てでは無いだろう。
あ、そうだ・・・これからの身のふりってどうしたらいいんだろう。そう思って男に問う。「あの、私はこれからどうすれば・・・?」何か手続きしなくちゃいけない事とかあるのだろうか。それに治療費とかってもちろん私持ちなんだよね。仕事を見つけなくちゃいけないだろうし、そもそもここでのルールとか常識とかも教えてもらわないと。

「どうって・・・」

そう言って男は口ごもった。「しばらくは絶対安静だな・・・。ベッドから出られるまではまあ、6週間って所か」私が聞きたかった事とは大分かけ離れていたが、そうか、まずは6週間ここにいなくちゃいけないってわけか。ふむ。結構長いな。「けどリハビリはしなきゃならないぞ。何箇所か骨が折れてるんだ」そうか。骨が折れていたんだ。体のあちこちを固定されている事に気が付いて納得した。足も同じようにされている事から、そこも骨折しているんだと知った。骨組みが折れているのなら体を起こす事ができないのは当然だ。その辺りは現世としくみが一緒だ。どうやらこの世にも実体という概念はあるみたいだし。

「さて、じゃあ一応きみの要望を聞いておくけど、体は拭いた方がいいか?拭かなくてもいいか?」

意味が分からなかったけど「お願いします・・・?」と答えれば、少し面食らったらしい男が「私がやるんだが構わないのか?」と食い下がった。自分から聞いておいて不思議な反応をするものだ。「ええ・・・」
「そうか・・・」と呟いて部屋から出て行った男が次に戻って来た時、私はその意味を知ったのだった。


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