「いらっしゃいませ」

例のポアロという喫茶店は、噂どおり繁盛していた。
お冷とお絞りを持ったウエイトレスが私をカウンター席に通す。注文は後の方が良かったですか?と聞かれたのでいえ、と断ってカフェオレを頼んだ。ウエイトレスはにこりと会釈すると奥の方へ入って行った。
コナン君の情報だとこの喫茶店がここまで死ぬほど忙しくなるのは一週間に一度だけ・・・。この土曜日のみ、例のイケメンウエイター目当ての女性客が押し寄せるのだという。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。・・・私はこの女性達のように上手く馴染めているだろうか。

「お待たせしました、カフェオレです」

「あら・・・」

声をかけられて振り返ると、そこにはニコニコと人の良さそうな笑顔のウエイターが立っていた。思わず声を出してしまったので次いでとばかりに言葉を続ける。

「噂通りのイケメンね。今日は来て良かったわ」

「あはは、あなたのような綺麗な女性に言われると照れてしまいますね。良かったらまた来て下さい」

「じゃああなたのシフトを教えてもらえる?」

「居ない時は居ませんが、大体は居ますよ」

「なら通うしかないわね。ありがとう」

そこら辺にいる客のように振舞ってニコリと笑んでみせると、ウエイターもニコリと笑って立ち去った。
…さて、ファーストコンタクトは上々だ。今日はもう何もしない。ここに通う、イケメンウエイター目当ての女性客という設定なのだから、それで十分というより、それが最善なのだ。



「花子さん…。おかえりなさい。どうですか?首尾は」

工藤邸に帰ると、昴さんが出迎えてくれた。
まるで執事のように私の鞄を預かると、そのまま手を引いて私の唇にそっとキスを落とす。

「ただいま。昴さん…。今日は例の男に会ったわ。チラッと顔を見せる程度だったけど。次に行くのは来週の土曜日ね…。まずは私の顔を覚えてもらうのが大事」

「そうですか。まあ…花子さんの顔なんて忘れたくても忘れられないでしょう…」

私の頬を掌で包んで、真っ直ぐな眼差しを向ける。甘い雰囲気を感じ取った私は、ふっと何事もなかったかのように離れる。やれやれ…と笑った昴さんは「先にお風呂に入ってきてください。食事の準備は出来ていますから」と言った。



この男。思った以上に隠居生活を楽しんでいるらしい。
目の前の手の込んだ料理を見て、私は感嘆と呆れが混じったような溜息を付いた。

「すごい…これ全部一人で…?」

「慣れてくると、料理も楽しいものです。これは今日インターネットで調べた料理なんですよ。最近有希子さんの料理教室を受けられていないものですから、今までに教えてもらった事を生かして作るという宿題を出されていましてね」

「そ…そう…」

元々器用な性格をしているのだ…それくらいは出来て当然なのかもしれない。
食べ始める前に、昴さんはスマホで写真を撮ると、私に向かって微笑む。「さあ、どうぞ。召し上がれ」素直に「いただきます…」と呟くと、昴さんは自分の箸を手に取った。私も慌てて手に取る。そして目の前のものを一口食べて絶句した。もはや昴さんは私の腕を越えてしまった…。女としてのプライドがぼろぼろと崩れていく…。
放心状態ながらも全て綺麗に食べ切ってしまった私は、ごちそうさまでした。と言って食器を片付け始めたのだった。「今日のもまた一段と美味しかったわ…」悔し紛れの感想も忘れない。
私が食べ終わるよりも先に食べ終わってしまっていた昴さんも、私に合わせて一緒に食器を下げ始めながら「そう言ってもらえると、もっと美味しいものを、と思えてしまうのが不思議ですね」とにこやかに囁いた。前に有希子さんが機嫌をとるなら胃袋を掴む事とか何とか言っていた事を思い出した。


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