珍しく、今日のポータウンは快晴に恵まれた。昨夜まで降り続いていた雨のせいで草や木々には水滴がついており、それが昇ってきた朝日の光を受けてきらきらと輝いていた。
ああ、なんてこと。
この町はこんなに美しい町だったなんて。


「クチナシさん、クチナシさん起きてください」

私は初めて入った以来一度も叩いた事の無いドアを叩いて、その中に居るであろう人物に声をかけた。先ほど見た光景を、この感動をどうしても伝えたくて、まだ4時半を回ったばかりの時間だというのにこういった暴挙に出ている。しかし返事は無い。こりゃあ起きないなとドアを叩くのを諦めて、私はドアノブに手をかけた。彼がこの部屋に鍵をかけない事は知っていた。包み隠さないとか、そう言うわけではなく。ただ単に彼がプライベートな事に対して少々杜撰だというだけだ。
かくしてするりとドアは開き、私はそろりと中へ入った。
クチナシはやはりすやすやと眠っていた。当然だ。いつも起きる時間よりも3時間以上早い。まずはクチナシの寝顔を観察する。ふむ。熟睡している。顔色は良好。最近食べる量が増えたからか、前よりも少しは健康そうに見える。携帯端末でそっと写真を撮り、そしてほっぺたをつつく。起きない。
起こしてやるのは可哀想になってくるくらい起きない。
しかし、この感動は今しかないのだ。
睡眠なら起きてからでもいくらでも取れるだろう。

「クチナシさん、起きてください」

肩に手を置いて耳元で囁く。さっきまではドアの外であれだけやかましく名前を呼んでドアを叩いていても起きなかったというのに、今回は彼にしっかりと届いたようだった。ゆるゆると目を開けたクチナシは今までに見たことの無い顔をして、少しだけ笑った。「・・・花子か」

「・・・・・・、・・・起きてください。外がすごい事になってますよ。違う世界に来ちゃったみたいに」

少しだけその顔に見惚れて、私は思い出したように捲し立てた。クチナシは何事だ?と首をかしげる。私はそんな彼にお構い無しに、手を引いて部屋を出る。そして勢い良く入り口のドアを開けると、外に飛び出した。
その音に驚いた鳥ポケモンが近くの木から飛び立つ。羽ばたく音が聞こえて、そして私たちに雨粒のシャワーを浴びせた。その瞬間。雨粒の一つ一つがキラキラと輝いて、この世界がとても煌びやかなもののように見えた。嬉しくなってクチナシの顔を覗き込む。「・・・ね、素敵でしょう」ぽかんと口を開けたまま、彼は私の目を見返す。いつもは底知れない怖さがあった深紅の瞳が、見開かれて、朝日の光を受けてキラリと輝いた。それは良く見る悪意の篭った光ではない。純粋な宝石のような、そんな輝きだった。早々に朝日の角度が変わってしまったので、その輝きはほんの一瞬のことだった。彼の瞳には私が写っているが、同じようにハッとしたような、ぽかんとした顔をしていた。二人揃って何をやってるんだか。

「・・・晴れたのか」

先に音を漏らしたのはクチナシの方であった。暫く見詰め合っていたが、ふいっと目を逸らして辺りを見回しながら、彼はそう言った。

「ええ。ここにも雨の降らない日はあるんですね」

「そりゃあそうだろう。年に何回かは晴れるときもある」

「珍しいものを見ました。この場所がこんなに綺麗な場所だったなんて、私は知りませんでした」

私もクチナシに習って景色を見渡す。朝日が木々の隙間から零れて陰影が出来、そこだけ小さな光のカーテンになっていた。

「そうかい・・・それは運が良かったな」

気だるげに呟いたクチナシは、くるりと踵を返してしまう。「え、どこに行くんですか」「部屋だよ。もう一眠りする。何時だと思ってんだ」そりゃあ、そうだろうけど。もう少しこの感動を分かち合いたかった・・・。

「それじゃあ、本来起きる時間まで、私はこのあたりを探検してきますね!」

「そうすると良い・・・。だがいかがわしき屋敷には近付くなよ」

「・・・・・ええ、わかりました」

そして私はいかがわしき屋敷に近付かない事をやたらと念押しされて、早朝の散歩の権利を手に入れたのだった。


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