「今日は配達の日だったな」

その日おはようの挨拶の次に言われたのがその言葉だった。少々面食らった私は「ええ・・・そうです、はい」と曖昧な返事しか出来なかった。
食後のコーヒーを飲んだクチナシは改まった調子で「それで・・・配達の日はどんなふうに過ごしてんだ?」と聞いてきた。更に私は面食らう。リアルな事情聴取を受けたのは人生初だ。

「ええと・・・自宅で昼食をとってから出かけて、スーパーで買い物をして、一旦家に帰ってから必要な物資を全て持ってそれからいかがわしき屋敷に行きます。配達を済ませると大体団員の方がお茶をご馳走してくれるので、世間話をしながらお茶を頂いて、それからローリングドリーマーでクチナシさんと食事をして帰ります」

正直に言うと、クチナシはそうか、と頷いて次の質問をする。

「世間話って言うと、大体どんな話をしてんだ?相手は下っ端の小僧か?」

「そうですね・・・まず相手は下っ端の男女半々と言ったところで、何故か私は彼らに気に入られているようで、とても当たり障り無い話・・・例えば、好きな食べ物だとか、休日は何をしているのかとか、どんなポケモンを持っていて、どこの町に行ったことがあるかとか・・・を振られて、私がそれに答えたり、彼らの面白かった話だとか、姐さんが作る料理は案外美味いんだとか、そういった話が多いですね」

「姐さん・・・それはプルメリの事か?」

「名前が出た事はありませんが、恐らくそうだと思います」

「・・・お前さん、プルメリの事を知ってんのか?」

「もちろんですよ。町で悪事を働いているところも見たことがあります。遠くからですけど。それに彼女はグズマの右腕ですよね?二人とも有名ですよ」

「そうかい・・・」

クチナシはコーヒーを啜って渋い顔をした。「酸化してやがる」なるほど。ちょっとこだわってみようかと豆を買ってきてドリップしたのが裏目に出たようだ。「このコーヒーはうまいが、うまいうちに飲んじまわねえといけねえらしい・・・」インスタントに戻そうかと思っていた矢先にクチナシに先手を打たれて、私は苦笑いを漏らした。

「淹れ直しましょうか」

「いや、構わねえよ・・・。次からおれが気をつけりゃ良いだけの事だ」



時間は先ほどの事情聴取で言ったので、私はただ「行って来ます」と言って交番を出るだけで良かった。クチナシは「それじゃあまた後で」とニヤリと笑って私を送り出してくれた。また後で・・・。親しい人と約束事をするのが久しい私は少しだけわくわくしながらスーパーまで急いだ。早く配達が終わればその分早く豪華な晩餐にありつけるのだ。これは急がないわけにはいかないだろう。

急いだ甲斐あってか、いかがわしき屋敷にはいつもよりも大分早めに着いた。
私の姿を見止めたスカル団の団員は「あれ!花子さん!今日はいつもより早いですね!!」と言いながらいつものようにイワンコが尻尾を振るように手を振って駆け寄ってきた。ぱああと表情が明るくなったのが見て取れる。こいつらほんとどんだけ私の事好きなの。

「今日は夕方から約束があってね、ちょっと早めに来たの」

「えっ、約束ですか?」

団員は意外そうな顔をして復唱した。「それって・・・まさか男ですか!?」ちょっと待て、私に男が居たら可笑しいのか。そんなモテないと思っているのか。・・・まあ事実そうだけど、少しだけカチンと来てしまった大人気ない私は「ん〜・・・どうかしらねえ」とニヤリ笑って見せた。途端に団員の表情が崩れる。顔に嘘だろって書いてある。そこまでビックリする事ないじゃないか。心外だ。
彼の隣に居たバッドガールが何事か囁いて彼の背中に手を置くと、今度は私にニコニコしながら挨拶をした。「では早速行きましょう!アタシもロズレイティー入れるの練習してみたんです!」そして彼らは私の背後に浮いている(いつも通りポケモンのねんりきで手伝ってもらっている)荷物を持てるだけ持つと、私の前をずんずんと歩いて行った。


「じゃあ、また一週間後に来るわ」

そう別れを告げていかがわしき屋敷を後にする。なんだか今日は女性陣に囲まれてしまった。私が悪戯に匂わせた男居る発言は数分のうちに屋敷内の団員達に知れ渡ってしまったようで、その事を根掘り葉掘り聞かれてしまった。今更冗談よとは言えず、嘘に嘘を塗り重ねてしまった。本当、私ってば大人気ない。キラキラとした顔でロズレイティーを差し出してきた彼女達より歳をとっているはずなのに。
まあ、彼らも私にあらぬ夢を抱いているようだったので、これは良い機会だったのかもしれない。
帰るべき交番を通り過ぎて、そのままマリエシティまで歩く。最早懐かしいとまで感じてしまう自宅のある住宅地の前を通って、街中へ。そしてローリングドリーマーの敷居を跨ぐ。いつものように外国人カラテオウが「ヨクゾマイラレタ」と声をかけてくる。「どうせまた満席なんですよね?相席で良いですよ」と私が言うと、畏まった顔を少しだけ崩したカラテオウが「アチラノセキへ」と手で示す。

「・・・・・・よお、ねえちゃん。お勤めご苦労なこった」

席で待っていたのは当然クチナシで、初めて会ったときと大差無い挨拶をしてきた。毎日顔を合わせているというのに、なんだかお忍び感があってちょっとくすぐったい。

「・・・雨の匂いがしますね」

いつもは言われていた言葉を、今日は私から言う。その言葉の意味を知ったからこそ、私は言うのだ。
実は気が付いていた。
クチナシが私の後を尾行ていたこと。言葉の裏を取るためだろうか。彼は今日一日、交番を出てから、いかがわしき屋敷を出るまでの間、私の後をついてきていた。・・・まあ、それは今彼に会うまで気が付かなかったのだけど。朝出かけるタイミングが殆ど一緒だったのはまあ偶然かなと思っていた。しかし、今、いつもよりもズボンの裾が濡れている事に気が付いてしまったのでその答えまで結びついてしまったのだ。長時間動かずに雨の中に居たという証拠。この時期特有の北風に煽られて片側だけが濡れている足元。動かぬ証拠がそこにあった。

「・・・ああ、明日は雨なのかもな」

いつしか私がそうしたように、彼は静かにそう呟いた。


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