「本当に荷物はそれだけなのか、花子」

彼の口から私の名前が聞こえてくるのは、やっぱりすぐに聞きなれるわけではなく、少しむず痒い感じがする。歯が浮くような気持ちで「ええ、これだけです」と大きめのボストンバッグ二つを両手に持ち上げてみせると、そのうちの一つを取り上げた。本人は自分のことをおじさんと言っているが、そんなに軽々と持たれたら、とてもじゃないが衰えは感じない。

「それじゃ帰るぞ」

「はい」

そして私は愛しい我が家に別れを告げて、いつ帰れるか分からない、クチナシの自宅兼交番という名の牢獄に捕らわれる事となったのだった。


・・・なんて言ってはみたが、ここは思いの他居心地が良かった。
クチナシは私に地下にある一部屋を与えてくれた。物置に使っていたらしい部屋にはベッドが置かれている。まさかと思って「ここはもしかしなくてもクチナシさんが使っていた部屋・・・?」と訊ねたところ、「まあな。だが暫く使っちゃいねえ。・・・お気に入りのベッドを見つけちまったもんでな。隣がおれの部屋だ。何かあったら来ると良い」と返された。おお、そのまさかだった。

「今日は布団を洗濯したり干したりしたいだろ?」

「ええ、そうですね・・・」

埃が被った布団を見て、私は頷く。

「生憎雨が止まねえからな・・・花子、お前さんは炎タイプのポケモンを持っているか?」

「ええ。シャンデラが該当します」

「それじゃあ洗ったものはシャンデラに乾かしてもらえば良い。・・・乾くまでの間はおれと一緒に寝るか?・・・冗談だ。悪いが一階のソファを使ってくれ」

も、もしYesと答えていたらどうするのだろうか・・・。冷ややかな目を向ければ、クチナシは口元をへの字に曲げた。(もともと曲がっているのだが)


「さて、ここでのルールだが、花子は一応おれの監視下だという事を忘れるなよ。外出は基本的には自由だが、おれに許可を取る事。何時から何時まで、どこに出かけるか明確に申告するように。それからいかがわしき屋敷への出入りだが、これは禁止しない。もし本当に生活物資を運んでいるだけだとしたら、きっとスカル団も生活に困るだろう。そしたら迷惑するのはおれだ。もう二度とあんな目には合いたくない。今は花子がここにいるしな」

過去に一体何があったのだろうか・・・。今度誰かに聞いてみる事にしよう。

「冷蔵庫の中とキッチンは自由に使ってくれ。それからおれの分の食事も用意してほしい。朝だけで構わない」

「朝だけ・・・ですか?」

「昼は食べないし、夜は見回りのついでにいつも外食で済ませているからな。ああそれと、週に一度、いつものようにあの店で食事をする事」

「え?」

「毎週のお楽しみまで奪うつもりはねえよ。花子もそうだったかもしれねえが、おれも楽しみではあったんだよ」

面白そうに喉を鳴らすクチナシに、私は目を丸くした。クチナシが、私に会うのが楽しみだった・・・?

「あんまり顔を赤くしなさんな・・・誤解させるような言い方だったかも知れねえが、楽しみだったのは間違いねえ。美味いもん食いながらねえちゃんをからかうのが最近のマイブームでね」

「・・・!」

やっぱりただからかっていただけだった!!
真相を知って項垂れる私を見て更に笑うクチナシ。何だこの人本当に真意が読めない・・・。

「それから買い物は基本的におれが行くから、個人的に欲しいものがあった時は自分で買ってくること」

クチナシが言う言葉を頭で復唱して考える。何も難しい事を言っているわけではない。メモなんて取らなくても十分な内容だ。クチナシも一言一言区切ってくれるので頭の中で整理をしやすくて大変助かる。

「あと最初にも言ったと思うが、ニャースたちの世話は基本的にやってくれ。ポケモンフーズや必要なものはおれが買ってくるが、エサやり・水の交換・ベッドの掃除・ニャースたちのトイレの掃除・部屋の掃除・・・ここまでがニャースの世話に当たる」

そうか・・・一階は殆どニャースたちの住処と化しているので部屋の掃除は確かにニャースの世話に当たるだろう。しかしクチナシさんも殆ど一階で過ごしているのでは。・・・まあこれは突っ込まなくても良いだろう。

「最後だ。おれはたまに夜にも帰らない事があるが、申告がない時はすぐに帰ってくると思っていてくれ。いいな」

「・・・?ええ、わかりました」

「それじゃあベッドを綺麗にするところまでは手伝おう。・・・部屋の掃除は明日にでもやってくれ。片付いたら今日はもう寝るぞ」


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