あの人は一体いつ帰ってくるのだろうか。
ちょっと出てくるだけみたいな感じだったけど・・・。
ポケモンに手伝ってもらってねんりきでストーブのまわりに衣服をぶら下げて乾かしながら、私は腰のタオルを結びなおした。借りたTシャツの丈は確かに長い方であったが、いつクチナシが帰ってくるとも分からない状況でこの格好は些か心許なさ過ぎた。だからと言ってタオルを巻いただけと言うのも心許ないのには変わりないが。
遊んで欲しそうなニャースたちの相手をしてやりながら、私は部屋を見渡した。なんと、まあ・・・。地下は生活スペースのようだったのであまり見ては来なかったが、奥の方に掛かったままのTシャツや簡易キッチンの水切りに置かれた食器などを見ると、拠点はどうやら一階の様だ。デスクにはグランブルマウンテンの缶がいくつか置きっぱなしになっている以外は綺麗に片付いており、書類の類も置かれていない。単に仕事が少ないのか、それとも仕事が出来る男なのか・・・。いや、部屋の片付き具合を見るとどうやら前者の線が強い。良く見ればニャースのエサの袋が倒れて中身がソファーに零れている。デスクの上には使われていないデスクが積み上げられており、その上にもポケモン用のベッドが置かれている。おいおいおい、あっちのソファの下には空のボトルがいくつも転がっているじゃないか!いかがわしき屋敷ほどではないが、ここもわりと散らかっているね・・・?ただ待っているだけではと思い、私は掃除に着手する事に決めて立ち上がった。


「ふぅ・・・こんなもんか」

ゴミ袋を玄関前に置いたのと、その玄関が開いたのは大体同時だった。あ・・・帰ってきた・・・と上目遣いに玄関を見やると、クチナシは私と部屋の奥とを見比べて、無表情のままドアを閉めてしまった。えっ、何々どうしたのとドアを開けようとすると、「とりあえず服は乾いただろうから着替えたらどうだ」と声をかけられてはっとした。そうだった、服は乾かしっぱなしだ・・・!



「すみません、お待たせしました」

「全く・・・」

クチナシは濡れた髪を撫で付けて、手についた水滴を振り払ってから中に入ってきた。そしてテーブルに袋を置くと、何事かぼやきながら地下への階段を下りていく。彼もシャワーを浴びるのだろう。
私は彼が戻ってくるまでニャースと遊ぶ事にした。私にここにいるように言いつけたからには、何か話があるはずだ。例えばそう、私がなぜいかがわしき屋敷に出入りしていたのか、とか。慌てず騒がず、本当のことを言えば良い。生活物資の配達をしていただけ。そう、それだけ。何も悪事には加担しては居ないし、ボスのグズマや右腕のプルメリとの交友は無い。私とスカル団の間にあるのはビジネス。ただそれだけだ。一応面倒な事にならないよう、友人がスカル団をやっている事はそれとなく伏せておこう。



「さて、まずはお利口にしてたねえちゃんにご褒美をやんねえとな」

「はい?」

戻ってきたクチナシはやはり着替えており、時間からしてもシャワーを浴びてきたのだろう。肩に手を当ててだるそうにしながら私をテーブルの向かいのソファに座らせて、冷蔵庫からペットボトルのお茶を二つ取り出して戻ってくる。

「今日の晩餐が台無しになったかわりだ」

そうして向かい側のソファに座ったクチナシが袋からお弁当を取り出す。・・・なるほど。「ありがとうございます」受け取って、目の前に置くと、クチナシも同じように弁当箱を目の前に置いて、蓋を開けた。私もそれに習う。「・・・!」しかし、その内容を見て驚いた。Z懐石だ。ローリングストーンはお持ち帰りもやっていたのか?・・・いや、やっていなかったはず。

「驚いたか。そりゃあ常連だけのメニューだ。その名もZ懐石〜イクサ〜」

ご丁寧に説明までしてくれたクチナシはクククと笑うと、弁当に箸をつけた。一口食べてから「・・・いただきますを言い忘れたな」とぼやいたので、私は少し笑ってしまった。

「食べながらで悪いが、少し話を聞いてくれ」

「・・・?ええ・・・」

来たな、と思ったが、その言い方に違和感を覚えて私は頭をかしげた。話を聞いてくれ?聞きたい事があるとかじゃなくて?

「前からねえちゃんの事ずっと気になってたんだ・・・。定期的にあの店で会うわけだが、何故だかいつも雨の匂いがしている・・・。濡れたズボンの裾を見ると、たいして遠くから来たわけじゃあねえ。名の通ったトレーナーな訳でも無いしまだ若いのにあの店に行くには違和感がありすぎた。金銭的に余裕があれば話は別だが、そんな奴は大体毎日あの店に通っている。こりゃ週に一度、何かの儲けがあって、その日だけあそこで贅沢しようって事なんだろうとすぐに気が付いたよ。ギャンブルで勝ったとか、給料日だったとか・・・。だがもしそうだったとしたらそんなに頻繁にあの店で会うわけが無い」

クチナシは一度箸を止めてお茶を飲んだ。
私は全部見抜かれている事を内心慄きながら話を聞く。箸はなるべく止めないように。

「それに一番ひっかかったのが雨の匂いだ。それとなく雨の匂いがすると言えば、あたりさわりなく返される。出先で雨に降られたとは一言も言わない。帰ってからその日雨が降った所を調べるが、マリエから随分と離れた場所しか雨は降っていねえ・・・。もしそこから来たとすれば、ズボンの裾の濡れ方に説明がつかない」

聞いてくれ・・・。なるほどそう言うわけか。
私が焦るのを誘っている。焦れば焦るほど、人は短気になってしまう。

「おれは一つの仮説を立てた。マリエからすぐ近くで、ねえちゃんがローリングストーンに来た日、必ず雨が降っているのはポータウンだけだ。もし、ねえちゃんが毎回同じところに居たのなら、いかがわしき屋敷しかないポータウンに何の用があって行っていたのか?しばらくグズマを張ってみたが、ねえちゃんの姿は確認できなかった。どうやらグズマと仲良くしているわけではなさそうだったが、もしかしたら屋敷の外では会わない決まりになっているのかもしれねえし、何かの取引をしに行っている可能性もある。一度だけ、大量の荷物を運んで屋敷に入るねえちゃんらしき後姿を見たこともある。まず、なにか取引があるのは間違いねえだろう」

流石に私も箸を置いた。

「そして今日、答えあわせが出来るようだ。ねえちゃん・・・あの屋敷で毎週毎週何をしてんだ?」

そして観念しましたよと言う顔を作る。

「流石は警察官なだけありますね、クチナシさん?今思い出しましたよ。スカル団の連中がぼやいていたのを。でもね、私は別にいかがわしい事をしていたわけではないんですよ?ただ生活物資をあの屋敷に卸していただけなんです。卸していたというか、配達と言うか」

二つの深紅は私をじっと見据える。ああ、吸い込まれそうだ。

「証拠は無いだろう」

「そうですね、確かに証拠はありません。でも、悪い事をしていた証拠もありませんよ?」

「・・・ククク、そうだな」

クチナシは目を伏せて、食事を再開する。私は安堵に溜息をついてしまった。誤魔化すようにお茶を飲む。

「もう・・・何事かと思えば、私の事を勘繰っていたんですね?」

「そうだな。だがまだ疑いが晴れたわけじゃあねえ・・・。そうだな、お前さん、名前はなんて言う」

「花子、と言います」

「そうか、花子。今日から住み込みでここのニャースたちの世話をしてくれねえか。ついでにおれの身の回りも補助してくれたら助かる。見ての通り、おじさんなもんでね。家事は苦手なんだよ」

「は、・・・はあ?」

間抜けな声を出した私に、クチナシはクククと喉を鳴らしてダメ押しをする。「給料はそうだな・・・日当三万出そう」ぐっ・・・さ、三万・・・。

「でも私あの普通に仕事をしていますし」

「おれの方から適当に理由をつけて休みをとってやる。有給はとれないと思うが、なに、良い様に言っといてやるから安心しな」

「ぐっ」

しまった声に出た。

「ぐぅの音も出なかったな。あと一歩って所だ。さて、そうと決まったのなら、さっさとそれ食って必要なものをねえちゃんちまで取りに行くぞ」

「なんて強引な・・・」

そして本当にクチナシは私の家まで荷物を取りに着いてきた。逃がさないってか。はあ。


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