その日は朝から降谷さんは落ち着かない様子だった。
どうかしたのかと問えば、「何だろうな・・・なんだか、嫌な予感がするんだ」と曖昧に言う。いつもは冷静沈着な彼が見せるその落ち着きのなさと、焦りが浮かぶ顔を見て、私は得体の知れない不安に駆られたのだった。
そしてその日、家のドアを出た後。降谷さんが私の家のドアを空ける事は無かった。


ラップがかけられたままテーブルの上に鎮座する料理たちを冷蔵庫の中に仕舞って、私は暖かいココアを淹れるためにキッチンに立った。
普段ココアなんてものは飲まないのだが、今日は落ち着いて眠れる気がしないので仕方ない。明日も普通に仕事はあるのだ。
牛乳を温めている間、スマートフォンを確認するが、降谷さんからの連絡は来ていない。一応音量を最大にしてからポケットに仕舞った。
やはり何かあったのだろう。降谷さんの勘は間違っていなかったという事だ。だとしたら今彼は危険な状況なのだろうか。大事無いといいのだが。
早く無事な事を確認したい。危険な状況に陥っているのなら助けに行きたい。だが、降谷さんが今どこにいるのかなんてわからない。彼は行き先を告げなかった。GPSも確認してみたが、電源が切れているのか確認できなかった。彼が帰ってきたらスマートフォンの電池残量を問いたださなければ。いついかなる時も、連絡が取れなくなってしまったら困る。
食器棚からスプーンとマグカップを取り出して、マグカップにココアの粉を入れようとして手が止まった。量なんて分からない。パッケージの裏側に適量が書いてあるようだが、適当に入れた。鍋の火を止めて、牛乳の表面に出来た膜をスプーンで掬って口に入れる。変わった舌触りだ。粉を溶かすように少しずつマグカップに牛乳を注いでかき混ぜる。昔飲んだココアは粉が溶けきっていなくて塊がたくさんできていたが、最近のココアはすごい。直ぐに溶けていく。残りの分の牛乳も注いで混ぜて、どうせまだ熱くて飲めやしないだろうからとスプーンと鍋を洗って水切りに置く。やけに時間をかけて丁寧に洗ったのは、洗っている間に降谷さんが帰ってくるかもしれないと思ったからだった。しかしそんなのはご都合主義だったようで。当たり前のように静まり返った部屋はいつもより広く感じた。


はあ、と溜息を吐く。
ソファに座ってマグカップを両手で包み込む。さして寒くないはずの今の時期でも、指先が冷え切っていたのだろう。暖かくてたまらない。暖房を入れておこうか。降谷さんが帰ってきたらきっと寒いと怒られる。
暖房を入れてココアを一口飲むと、体の芯から温まったような気がした。なんか、ほっとする。いつもの飲み物でも十分ほっとするんだろうけど、この緊張感が解れる感じは真反対だ。あくまでも私個人の感性の問題だが、そういう性質なのだろう。

ああ、早く帰ってこないかな、降谷さん。

心の中で言ったつもりだったが、声に出していたらしい。自分の声を聞いてぼんやりとそう思い、ココアを飲み干せば体はすっかり温まって睡魔が差してきた。
大丈夫、降谷さんは大丈夫。自分に言い聞かせるようにして頭の中で反復すれば、すっかり落ち着きを取り戻した私は睡魔に身を委ねてソファに沈み込んだ。


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