最近の降谷さんはどことなく機嫌が悪そうだ。任務が始まってから大分たつが、こんな事は初めてかもしれない。家に食事をしにくることも少なくなった。降谷さんの事なのでどうせ食事は疎かになっているはずなので、家に来たときくらいは、と配慮した。

「おはようございます。今日も早いですね」

朝、顔を洗って洗面所を出ると、丁度やって来たらしい降谷さんと出くわした。

「ああ、おはよう」

口数が少ない彼はやはり、食も少し細くなっていた。最初は風邪でも引いたのかと思ったがどうやらそうでも無いらしい。彼はあまり多くは語らないが、組織の方で何かあったようだ。
ソファーに腰掛けた降谷さんに今日の予定を聞きながらコーヒーをドリップする。「今日は一日フリーだよ」「そうでしたか」ならば丁度良い、気分転換でもしてもらおうかな。朝食の用意をしながら、まずはフレッシュとガムシロップを少し多めに準備した。


「スープまだありますよ」

「ああ・・・」

とりあえず出した分は食べてくれるようなので、おかわりはどうかと問うと、テレビを見つめている降谷さんから短い返事が返ってきた。パンや白米など咀嚼が必要なものを沢山食べたがらない降谷さんに、対策として私が用意しているのがスープである。必ず一品、栄養を考えたスープを献立に入れるようにしている。なかなかパンに手が伸びない降谷さんも、スープであれば食べてくれた。目の下に隈が出来始めている降谷さんを見て、傷付いた臆病な猫を介抱している気分になったのはここだけの秘密だ。
おかわりのスープまで食べ切ってくれた降谷さんは、ソファーに移動してどうやら考え事をしているらしい。食器を洗い終えて隣に座ると、何気なく降谷さんを盗み見る。食事の後だからだろうか、色黒の彼の頬には僅かに朱が走っている。もう少し暖かくしてやれば眠れるかもしれない。前のめりに腰掛けて組んだ手の上に顎を乗せたまま微動だにしない彼を見ながら、私はそっと暖房をつけた。


どれくらいたっただろうか。しばらく声もかけずに黙っていると、降谷さんは目を瞑って動かなくなった。
これを待っていた・・・!とばかりに私はなるべく静かに移動してブランケットを取って戻る。降谷さんの肩を支えて背もたれにもたれさせると、肩までブランケットをかけてやった。実年齢よりも若く見える寝顔を盗み見れば、まだ眠りが浅いようで、瞼がピクリと動いた。夢でも見ているのかもしれない。・・・たまには良い夢を見ると良いと思った。

「ふ、あぁ・・・」

ああ、なんだか私も眠たくなってきちゃった。暖房を切って降谷さんの隣に座ると、私もブランケットをかぶって目を閉じた。

微睡みの中、体に重みが乗ってそのまま横に倒れてしまったが、腕を回した暖かさと色素の薄い髪の手触りのよさに絆されて、私はそのまま意識を手放した。



それからどれくらい時間が経っただろうか。「ん・・・、ん?・・・っ!?」びくっと体が揺れて、その衝撃で私は目を覚ました。「んー・・・あぁ、起きましたか」「なっ、これはどういう状況だ七市野?」顔を赤くしたり青くしたりと珍しく百面相しながら降谷さんが声を絞り出すようにして言う。寝起きだからか、少し掠れた声がちょっとセクシーだった。

「よく眠れましたか?」「ああそう言えば・・・ってそうじゃない、まず手を離せ七市野」素直な降谷さんは真面目に答えようと目線を逸らしたけど、直ぐに違う違うと頭を振った。私は素直に降谷さんの体に回していた腕を解いた。ああ、あまりにも暖かかったから抱き枕にしてしまっていたのか。それは申し訳ないことをした。身動きが取れなくて寝違えたりはしていないだろうか。私が拘束を解いたことによって降谷さんはふわりと私の上から体を起こす。・・・そう言えば降谷さん軽かったな。本当にご飯食べているのかなあの人。

「なんなんだこの状況は」頭に手を当ててソファに座りなおす降谷さん。顔を覗き込んでみれば顔色は良好。どうやら私の作戦が上手くいったようでよかった。

「すみません。安室さんがソファで寝てしまったのでブランケットをかけたんですが、私もつられちゃったみたいで。一緒に寝てしまいました」

それとなくかいつまんで状況を説明すれば、降谷さんは盛大な溜息をついた。「全く、きみはもう少し貞操観念について考えた方がいいな・・・」「え、何でですか。それくらい弁えているつもりですよ」ちょっとむっとして答えれば、降谷さんははあとまた溜息をついた。「追々教えていくとするか。・・・気長にやるしかなさそうだ」「もう、降谷さんたら」しまったつい口が滑った。反射のように飛んできた拳をすれすれでよけながら私は肝を冷やした。「気が緩んでるぞ」「はい、安室さん。すみません」両手をパーにして胸の前で構えると、降谷さんはやれやれといった顔をした。


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