潜入を始めてから、特に調べ物や仕事が無い時は私の家に入り浸る事が多くなった降谷さんだが、今日は仕事を持ち込んできたらしい。しかも朝から。いつもは持ち込まないのに、どういう風の吹き回しなんだろうか。ダイニングテーブルを占領してノートパソコンを広げる降谷さんの背中を見ながらぼんやりと思う。降谷さんは時折考え込む素振りを見せながらもカタカタとキーボードを叩いている。あんまり眺めていてはいけないと思いつつも見てしまう。暫くの間ぼんやりと眺めていると、降谷さんは手を止めず振り返りもせずに言う。「コーヒー」「は、はい・・・」情けなく返事をして、私はキッチンに向かう。そして気が付く。も、もしかしてこの人私を雑用扱いしている・・・!?
降谷さんとついでに自分の分のコーヒーを用意して、ガムシロップとフレッシュとスプーンと一緒に持っていく。テーブルの上に置くと、降谷さんは自分の左手側にカップを置きなおしてミルクとガムシロップを両方入れた。そして一口飲んでから作業に戻る。ちらりと画面を覗き込むと、今やっているのは公安の方に提出する報告書のようだ。あんまり見ていても作業に集中できないだろうと私は部屋から持って来た本を読んでいることにした。何か用事があればさっきみたいに声をかけてくるだろう。



潜入を始めてから数日が経過。いつもは自分の部屋で報告書などの事務処理をしていたが、今日は気分転換も兼ねて七市野の部屋でやる事にした。テーブルに資料とノートパソコンを広げて、報告書を作成する。・・・が、背後からの七市野の視線が気になる。ああ、ここで事務処理はちょっと失敗だったかな。珍しく俺がここで仕事をしているのが気になるのか、それとも構って欲しいのか。とりあえず気を紛らわせておこうと思い「コーヒー」と言うと、俺の言葉をしっかりと聞いていた七市野は「は、はい・・・」と萎縮したような返事を返した。あまり見ていると仕事に集中できないだろうとわかっていながらも視線が外せなかったんだろう。どうやら悪い事をしている自覚はあるらしい。
程なくして七市野はコーヒーを淹れて戻ってきた。右側に置かれたカップを左側へ移動させて、一緒に持ってこられたガムシロップとフレッシュを入れてかき混ぜる。俺が一口飲むのを確認してから七市野は一度自室へ戻り、何かを持ってきてソファに座った。俺から気を逸らすために本を読むことにしたらしい。やっと(視線的な意味で)静かになったことに小さく息を漏らすと、早く終わらせようとまた集中した。



ふと時計を見ると、本を読み始めてから既に一時間が経過しており、降谷さんもまだパソコンに向かっているようだった。そろそろコーヒーのおかわりを淹れようかなと冷めてしまった自分のコーヒーを飲み干して立ち上がる。降谷さんの分もおかわりをと思いカップの回収に行くと、飲みきっていたようだった。お湯を沸かしている間に何かおやつになりそうなものはと棚を探すと、一昨日デパートで衝動買いをしてしまったクッキーを見つけた。あんまりお菓子食べないって分かっててどうして買っちゃうかなぁ。あー、でも、二・三個食べたいだけなんだよなあ。降谷さんがクッキー食べるかどうか分からないけど、これも一緒に出しておこうと小皿にクッキーを出した。自分の分も用意してコーヒーを淹れて降谷さんのところに持っていくと、少し驚いたような顔をした降谷さんがちらりとこちらを向いて「ありがとう」と言った。わ、わお・・・降谷さんが素直にお礼を言った。「いいえ。お仕事頑張ってくださいね」と返答を返してソファに戻り本の続きを読み始めた。今日は非番だし、時間はたっぷりある。降谷さんの予定は知らないが、私はのんびりと過ごす事にしよう。



組織の方の情報処理に思いのほか手間取っている。まだ組織に入りたてで所謂新入りの俺は現場に向かう事が少ない分事務処理の仕事が多く回ってくる。神経質なほどガードが固い連中はなかなか肝心な仕事はさせてくれない。早く信用を得る為にも人より多くの事務仕事をこなし、クライアントとの取引についての資料作成や幹部のスケジュール調整などを任せられるようになればやっとそこでスタート地点に立てる。気の長い話だ。
出来上がった書類に目を通して不備がないか確認していると、コト、とパソコンの左側にコーヒーが置かれた。意外と気遣いが出来るんだな・・・いや、もともとバックアップ班なんて気遣いの塊か。人のサポートをする仕事なんだから、当たり前なのか。そう思いながら「ありがとう」と言うと、七市野は少し驚いたような顔をしてから「いいえ。お仕事頑張ってくださいね」と労ってくれた。・・・前言を撤回した方がいいかもしれない。バックアップ班とは作戦の主軸にいるメンバーの補佐をする仕事であって、執事やメイドではない。恐らくガムシロップとフレッシュが入っているだろうコーヒーと一緒に置かれたクッキーを見てそう思った。





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