野ばら理容室 1



この「野ばら理容室」は私の知り合いが経営していたとても小さな理容室。前店長が店を畳むと言うのを聞いて土地ごと譲り受けたものだ。

こじんまりとした店内にレジは置いてなく、カット台シャンプー台も一台だけ。あとは馴染み客とお茶をするための小さなテーブルとイス二脚。小さいころから祖父や父に連れられてこの店に通っていた私はこの店が大好きだった。

玄関ドアーのステンドグラス、開くと鳴る小さなベル。整髪料の匂いにハサミの動く音。散髪後に煎れてくれるコーヒーの香り。今でも記憶に鮮やかに残っている。

私は店長の残してくれた梳きバサミを鳴らしながら玄関ドアーを見つめた。

ヒマだ。

私はカット台に座りリクライニングさせて天井を眺めながら切々と感じた。目に入るレトロな花模様の天井と、そこで光る蛍光灯がなんとも言えない。やっぱりこの店が好きだ。

私が理容師の資格を取ったのもこの野ばら理容室に憧れていたからだ。本職は別に持っているのでここを開けているのは平日の18時〜20時30分と土日の9時〜16時まで。平日はともかく、今日みたいにお天気の日曜日にお客様がこないのはやはり寂しいしヒマだ。

古いながらに手入れの行き届いた店内も、ここ何ヶ月かはお客様がこないせいか一際古びて見える。ハサミも使わなければ手入れをしてもダメになってしまうというのに。

「あーあ」

誰かお客様、来ないかな。

ため息をついて、コーヒーでも飲もうかと立ち上がった。手にしていたハサミをシザーバッグに戻そうとした時だ。

さあっと涼しい風が吹いた方に振り向くと玄関ドアーがゆっくりと開き、懐かしいベルの音がリリンと響いた。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -