一



すっと伸ばした掌に落ちた白が体温でじわりと溶ける。風に吹かれた細雪が頬を差し、総悟は肩を竦ませながら軋む縁側を歩いた。足袋越しに感じる床板はまるで氷と変わらない冷たさだ。

氷のような指先にかける吐息は白く霧散していった。指先が痛むように温まる。

寒い寒いと呟きながら総悟は着物の袷を押さえ廊下を歩き続ける。寒いのならば部屋に火鉢でも焚いて大人しくしていればいいものを、彼は袢纏も纏わず放浪する。

頭の中はどうして土方のあんちきしょうを貶めようかということばかり。性根の腐った考えを、途中で遭遇した隊士らで実験しては迷惑を撒き散らして本能のままひた歩く。

真選組一番隊隊長、沖田総悟。本日は非番なり。要するに暇で仕方がないのである。

「沖田隊長! こんなところにいたんですかー。探したんですよ」

暢気な声で総悟を呼ぶのは監察の山崎である。彼も非番らしく袴の上に分厚い袢纏をまとい、鼻や耳を赤く染めながら寄ってくる。袖に両腕を突っ込み、完全防備の状態である。

「なんでィ山崎。相手してくれんのかい。ちょうどよかった。暇すぎて死にそうだったんでさァ」
「なんの相手ですか勘弁して下さいよ。それに俺、これでも暇じゃないんですよ」
「んだよジミーのくせに生意気いいやがって……」

と、悪態をつく理由は誰も相手をしてくれなくて寂しかったからである。

唇を尖らせて下を向いた総悟の姿は珍しく歳相応で、山崎はいつもこうだったら可愛げがあるのにと思う。寂しいならもう少し子どもらしく甘えることをすればいいのにとも思うが、彼が甘えてきたところでそれに応えることは命がけだろうと思って黙っておいた。

「ほら、行きましょう。もうすぐ始まりますよ、キャットファイト。好きでしょう?」
「あぁ?」
「今日ですよ。入隊試験の実技」
「……あぁ。だから人がいねぇのか。みんな道場に出払ってんのか」

納得したように総悟は呟いた。ちなみに女同士の醜い争いは大好きだ。その悪趣味は屯所に住まう者ならば皆知るところである。

毎年この時期の風物詩となっている入隊試験。書類選考を通った人物が道場に集められ、それぞれ己の実力を評価してもらうのだ。五十音順に五人程度ずつ組まされ腕試しをするのである。

使える物は竹刀と己が肉体、そして知能だけだ。全てを総合したうえで、その場で合否が言い渡される。

誰かと組み、知略で以って他を制するもよし。自分のみを信じて全てを薙ぎ倒すもよし。よしんば脳天に一撃を食らい、失神したとしても合格をもらうことだってある。

とにかく持てる力を十二分に発揮するほかないのである。全ての采配は鬼の副長の気分次第といううわさも流れている。

総悟が楽しみにしているのは、その試験の中でも女たちの試合である。

「今年は何人集まったんでィ?」
「五人ですね。まあ、毎年のことながら勘違いしちゃった感じのばっかりですね。ああ、一人だけまともそうなのがいましたけど、腕が立つかは分からないです。他の四人は副長の大嫌いなタイプですね。試合中もこそこそ喋りっぱなしでうるさいのなんの」
「そういう女の方が見てておもしれぇじゃねぇか」
「おもしろいはおもしろいですけどね。ま、所詮パフォーマンスですよ」

パフォーマンスというのは、つまるところ世の中の男女平等を訴える輩に対しての物だ。このご時世、うっかり「男性隊士募集」などと書けば婦人団体がこぞってやってくることになるのでその対策である。

一度婦人団体の激しい抗議を受け、大々的に女性隊士を募集したことがあったがひどかった。副長さまのお近づきになりたい、隊長さまの小姓になりたいというような不純な動機での応募が殺到したのである。

もちろん公式の募集なので男女問わず入隊試験は設けられる。当然ひどい有様である。きぃきぃ高い声でわめき散らしながらのキャットファイトは試合でもなんでもないただの女同士の喧嘩である。目をつぶりたくなるような有様だが、それを総悟は喜んだ。

以来、毎年女性隊士を募集するふりをしながら総悟ひとりがキャットファイトを楽しみ、採用はしないということを繰り返しているのだ。

「今年も不細工なツラが拝めるかと思うとゾクゾクしやがるぜ」
「いや、ゾクゾクすんのは薄着だからでしょ。鼻水出てますよ」
「マジでか」







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