一



「ありがとうございました! ありがとうございました!! 本当に何とお礼を申せばいいのか……」

狭い路地裏に男女が二人。その足元にはチンピラ風情の男が三人、それぞれ一撃を食らい意識を失っている。

先程からしきりに礼を受けているのは女の方、山口蘇芳である。へこへこと頭を下げつづける男に少し辟易しながらも、いえいえ困った時はお互いさまですからと微笑む。

男はみるからに良家の坊という見た目をしており、また腰から見事なお飾りの刀を下げていた。お供もつけず、治安のいいとは言い難いかぶき町をうろつく世間知らずの様子。それを狙ったチンピラに絡まれていたところを蘇芳が助けたのだ。

あらあらまあまあとわざとらしい声を上げた蘇芳が颯爽と間に割って入るとチンピラたちは間の抜けた顔をして、下品な笑みで彼女を囲んだ。

「大勢で何かご用ですか? うちの坊ちゃんにご用でしたらあらかじめアポをお取り下さいませぇ」

何食わぬ顔で吐き捨てる。彼女は坊の側近の振りをすると刀に手をかけた。

「こちらの坊ちゃんがよ、俺らにぶつかって来たんだよ。いやね、謝ってはもらったよ? でもそれ相応の謝り方ってモンがあるだろ?」
「あらー申し訳ありません。こんな派手な見た目ですけど、なにぶん田舎から出て来た右も左もわからない芋っ子なもので。ね、坊ちゃん」
「あ、あぁ」

どうやら彼女は味方らしい。坊は素直に話を合わせ頷いた。しかし一体何者なのか。

坊は視線を泳がせながら彼女の成りをみた。その高い声と顔立ち、慎ましく膨らんだ胸から女であるのは間違いない。酔狂ぶってか男物の濃紺の袴を履き、腰には重たそうな刀が一振り。

まさか仲裁に来たのだ、自分と一緒でお飾りということはないだろう。しかし、頼るにはあまりに小さな背中だと坊は不安と緊張で今にも吐きそうになっていた。

「芋なら芋で、俺らがかぶき町のルールを教えてやるからさ」
「芋はうちの坊ちゃんだけですから。私はバリバリのかぶきっ子ですので、今後皆さんにお会いしたとき無礼のないように躾ておきますね。では失礼。行きますよー坊ちゃん」
「おいコラ待て、その坊ちゃんが嫌だっつーなら姉ちゃんが、」

坊の腕を引いて立ち去ろうとした蘇芳の肩を男が掴んだ。男は振り返る蘇芳を見定めるように無遠慮な視線をぶつけて来る。

「私がなんですか?」

すっと目を細め睨みつけるように蘇芳は続きを促す。しかし促した続きを聞くこともなく、彼女は肩に置かれた手を握りかえすとそのまま強く捻り上げた。

「いででででで!!」
「私も暇じゃないんです。こちらが穏便に済まそうとしてるんだから、さっさと退いたらどうですか?」
「何さらすんだこのアマ!」
「私から言わせれば何すんだこのクソ野郎ですよ。どうすんですか? 退くんですか退かないんですか」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!野郎共々やっちまえ!!」

そこからは速かった。坊は女が掴んでいた腕から耳を塞ぎたくなるような音がなるのを聞いた。立て続けにかかって来る男二人のがら空きの腹に刀の鞘が重たい音でぶつかる。

恐怖に目を閉じた一瞬で決着はついた。男三人が転がる中に、女が一人顔色を変えず立っていた。

「大丈夫でしたか?」

そう問う女の笑顔は、男三人を瞬殺したとは思えないほどに可憐であった。

蘇芳は当たり前のことをしたまでだと主張するが、坊は頑なにお礼をしたいと言って引き下がらない。

やれやれどうしたものかと頭を悩ませているところに携帯が鳴った。着信は沖田である。

これはチャンスだと言わんばかりに、蘇芳は仕事で忙しいのだと逃げるようにしてその場を去った。もちろん電話にはでない。なぜなら貴重な休日に面倒事に巻き込まれるのは御免だからだ。







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