君の笑顔のために





「あっ、……」


指の上で転がす練習をしていたコインを落としてしまった。


まだ小さな快斗の手は、マジックの練習とはいえ上手く動かないことが多い。


屈んでコインを拾うが、頭の中で考えるのは昼間の彼女のことで。


(ひなちゃん、まだ泣いてっかな…)






昼間、近くの公園で遊んでいる時だった。


雛が走ってる途中に転んでしまい、慌てて駆け寄ったのだ。


しかし、膝を擦りむいてわんわん泣く雛に何も出来ず、大人にあやされるのを隣で見ている事しかできなかった。



きっと傷は家に帰ってからも痛むだろう。


(ひなちゃんが泣くのは、いやだな)


そう思いながら、手の平の上のコインを握りしめる。








ガチャリ。


「ただいま……ん、快斗?」


「ぁ、お父さん!おかえりなさいっ」


快斗はスーツ姿の盗一に駆け寄る。



今日のショーはどうだったのだろう、どんなマジックを披露したのだろう、教えてほしい、早く自分も出来るようになりたい!と、憧れる父親の帰りを毎日待ちきれない快斗は、矢継ぎ早に声をかける。


「はは、まぁ待て、快斗。コインの練習をしていたのだろう?」



ジャケットを脱いでキッチンにいる千影に「ただいま」と再度声をかけた盗一は、ソファへ腰を降ろしながら息子の頭を撫でる。


「うん……でも……」



指がまだ上手く動かなくてコインを落としてしまった。

昼間は雛が泣いてしまったのに何もできなかった。



快斗はぽつりぽつりと今日の自分を報告する。


盗一はうんうんと聞いていたが、やがて快斗からコインを受け取ると手の上で、ゆっくりと転がし始めた。



「快斗、ここは丁寧にこうやって動かすんだ。この間教えたことと似ているだろう? ほら、きっと上手くいく」


ぱぁっ、と笑顔になった快斗に再びコインが渡されて二人で練習を始める。



「そうそう、そこも同じように……最初はゆっくりと…」


真剣にコインに向き合う快斗に、盗一は笑みを浮かべる。



「…なぁ、快斗」


「なぁに?お父さん」


「雛ちゃんに初めて会ったとき、快斗のマジックで笑ってくれたんだろう?
だったら、悲しい時はきっとまた快斗のマジックで笑ってくれるさ」


「!!」



「そっか……そっかぁ//」



快斗はコインを握る手を見つめた後、彼女の笑顔を思い浮かべて父親に笑いかけた。



「じゃぁ…おれ、もっと練習する!」


「二人ともー? そろそろ晩御飯にするわよー?」



もう…親子揃ってマジックに夢中なんだから、と千影の楽しそうな声がキッチンから届く。



はぁい、と返事をして、立ち上がった父親と一緒にキッチンへ足を向けた。






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