昔からそうだったといえばそうだった。
 一つ歳下の幼馴染の言峰綺礼は、幼い頃から僕にべったりだった。お互いに一人っ子な事もあって、兄弟同然に育っていたが、綺礼は刷り込まれた鳥の雛みたいに僕の後ろを着いて回っていたからだ。
 小学生の頃までは不思議に思わなかったけれど、僕が高校に入って、綺礼に身長を抜かされてもそれは変わらずに、相変わらず切嗣切嗣、といって僕を追い回していた。正直、恐怖を覚える位には。

 同じ高校を受験したとこまではまだ良かった。だけど大学も同じ所を受験したと聞いた時には本気で頭を抱えた。
そこにやりたい事があればいいのだけど、綺礼は何に対しても基本的には無関心で無感動だ。何をやってもそれなりにこなすし、きっと続けていれば大成するだろうに、結局続いているのは八極拳くらいだったと思う。勿体ないとは思うけど、それを強制する権利は僕にはない。

 とにかく綺礼は僕に対して異常とも思える位に世話焼きだった。兄弟の様に育ったと言えば育ったのだけど、どっちが兄だかわからないくらいに、綺礼は僕に対して兄……いや、母親に等しいくらいに口うるさかった。
僕は幼い頃に両親を亡くして親戚に育てられたからそういった事は情報としてしか知らなかった。親戚はいい意味で割と放任主義だったからだ。そして友人から聞いた「口うるさい母親」と綺礼が全く被ってしまった事に自分でも驚いた。
 とにかく綺礼はそれほどまでに僕にべったりだった。



 大学三年の春に、僕自身に転機が訪れた。
 それまで僕を育ててくれていた親戚が亡くなった。女手一つで育ててくれた彼女は、少々破天荒ではあったものの、素敵な女性だった。感傷に浸る間もなく手続きなどが押し寄せる。住んでいた家は一人で住むには広すぎるし、何よりも思い出がありすぎる。しんとした室内は、僕の心まで殺しそうだった。

 ――ああ、これで本当に天涯孤独になってしまった。

 不思議とそこまで涙は出なかった。我ながら親不孝者だと思う。それでも彼女と過ごした日々に蓋をするように、大切に仕舞う様に段ボールに家財道具を詰めた。綺礼は何も言わずに、それでも隣に居てくれて、僕を手伝ってくれた。それがほんの少しだけ嬉しかったのを覚えている。




 新居は至って普通のマンションで、非常階段の隣で一番奥の角部屋だったが特に問題はなかった。一人暮らしも暫くすれば慣れ、時々には友人を招いたりした。生活能力の低い自分を心配して差し入れをくれる友人たちには頭が上がらない。
 勿論綺礼も何度も遊びにきたし、その度に生活感が在りすぎる部屋を片付けてくれたりしていた。このまま綺礼も僕離れが出来ればいい、そう思っていた時期もあった。そう、あった、



 ある朝。リズミカルな包丁がまな板を叩く音に目を開ける。不思議に思いながらもリビングに行けばそこに立っていたのは可憐な笑顔が似合う彼女――――ではなく、綺礼だった。
 まあそもそも家に朝ごはんを作りにくる彼女が居るような甲斐性は僕に備わっていない。寝ぼけたまま困惑する僕に対して綺礼は無表情を崩さないままさも当然と言いたげに言葉を続けた。



 「…………切嗣、戸締りはしっかりとするべきだ」

 「え、ああ……うん?」



 僕が悪いみたいになっているのは、なんでだ。
 でも確かにこれが綺礼じゃなく泥棒だったらと考えると恐ろしい。対して盗られて困るような物はないが物騒な世の中だ、鍵を開けたまま寝ていた自分を反省し、戸締りは確りとするようにした。
 だがその後にベランダの避難扉を突き破って窓から侵入していた時には、窓の無事の確認をして、さすがに引っ越しを考えたが、すぐにこの男にはそれは敵わないんだろうと若干諦めにも似た念が既に生まれ始めていた。

 ただ毎回毎回こんなアクション映画よろしく侵入してくるのは勘弁してほしい。そんなスリル感はちっとも求めていない。だから入ってくるなら玄関から来いと余っていた合鍵を渡した。確かに渡したのは僕自身だ。まさか合鍵を彼女でも親でもなく幼馴染に渡すことになるだなんて、思いもよらなかったが。

 だけど、だからと言って毎日のように家に上り込んで甲斐甲斐しく家事をしている綺礼を見ると不安になる。そんなに僕に対して尽くしてもらっても、僕は彼に返せるものが何一つないのだから。
でもそんな事を言っても何を今更、と一蹴されてしまったりするのだろうかとも思う。だからずっと言い出せないでいるのだ。