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事故
 
目が覚めると、見慣れない景色。なるほど。さすがに慣れた、この展開。しかし、ベッドの上という好待遇は覚えている限りは初めてだ。病院を思い出させる真っ白な天井に真っ白なシーツ。というか、薬品の臭いがするので本当に病院かもしれない。

「銀さん!」
「銀ちゃん!」

俺の名前らしきものを呼ぶ二人の子どもの声。一人はオレンジ色の髪に青い目という日本人離れした容貌。言ってから思ったが、これについては俺も全く人のことを言える見た目ではない。もう一人は黒髪に眼鏡という安心安全の日本人顔だった。
…えーと。

「…お前ら、誰?」

その瞬間の唖然とした顔に、申し訳ないような気分になる。俺がまた記憶を喪失したであろうことはもう見当がついているし、恐らくお前らも抜け落ちた記憶の中で出会った人間なんだろう。だが残念ながら俺の能力の著しく低い脳にそんな記憶はない。今までの経験から記憶が戻る見込みもない。関係は、もう一度やり直すしかない。まあ、双方にそんな気があればだけど。

「銀時」
「ババア?」

いたのかよ。うん?これ今どういう状況だったんだ。病院のベットで目が覚めたら周りにどうやら心配しているらしい人がいました、って。俺相当やばかったんじゃね?違和感のある頭に手をやると包帯が巻かれていた。どうやら結構深刻なレベルの怪我をしたらしい。

「ふざけんなヨ脳たりん、なんでこんな枯れたババアのことは覚えてるくせに私達のことは忘れてるアルか!?」
「誰が枯れたババアだって?」

あー、そうなるよな、まあ。そういえば、今まで記憶喪失前と後で同じ人間が居たことが一度としてなかった。そう考えてみると、過去にあった人物の消息を、俺は誰一人知らない。
部屋の中のもう一人の見知らぬ他人、おそらく医者らしい男が口を開く。別に文句を言うつもりはないが、この医者恐ろしく見た目が胡散臭い。

「ケガはどうってことないんだがね、頭を強く打ったらしい。その拍子に事故前後の記憶をポローンって落としてきちゃったみたいだねえ」
「落としたって…そんな、自転車の鍵みたいな言い方やめてください」

医者らしき人物の言葉によると、どうやら俺は事故にあったらしい。別にそれが原因で記憶がないわけではないと思うが…そんなことを言ってもどうしようもない。いや、もしかしたら今まで記憶が失くなった時も頭を打ったことが原因だったのかもしれない。俺の脳は初期ファミコン以下かよ。

「人間の記憶は木の枝のように複雑に絡み合ってできている。その枝の一本でもざわめかせれば他の枝も徐々に動き始めていきますよ。まあ焦らず気長に見ていきましょう」

ふーん、そんな簡単なもんかね。

***

病院を出て、奇妙な色彩の二人組に連れてこられたのは俺が家出をしたスナックお登勢、ババアの家だった。建物の前で立ち尽くす俺にオレンジ髪が声をかける。

「ここが私達の家アル」
「あー…」

そうか、結局俺ここに住んでんのか。
なんだかんだ言って、家だと認識するほど寝た記憶はない。あの後どうやら俺はここに戻ってきたらしい。

「万事屋銀ちゃん」

掛かっている看板の文字を音読する。誰がつけたんだこんなこっぱずかしい店名。

「銀さんはここで、なんでも屋を営んでたんですよ」
「なんでも屋…へー、何も思い出せねえわ」

弁護士やってます、とか言われるよりは遥かに受け入れやすいが。

「まあ、なんでも屋っつーかほとんどなんもやってないや。プー太郎だったアル」
「いやいやいや、この歳でプー太郎って、」

そもそもどの歳だよっていうかいやそんなことはどうでもいいんだけど、

「おまけに年中死んだ魚のような目をしてぐーたら。生きる屍のような男だったアル」
「家賃も払わないしね」

家賃、結局払ってねえのかよ。

「どうです?何か思い出しました?」
「思い出せないっていうか思い出したくないんですけど…」
「しっかりしろ、もっとダメになれ!良心なんか捨てちまえ、それが銀時だ!」

お前は俺のなんなんだよ。いや、本当に俺のなんなのかわかんねえわ。そもそも名前も知らない。

「お前ら、名前は?」
「唐突ですね…僕は、志村新八です。家は剣術道場で、万事屋の従業員やってます」
「かぶき町の女王、神楽ヨ。万事屋にいそーろーしてるアル。私は部屋で、銀ちゃんは押入れで寝てたネ」
「いや、神楽ちゃん堂々と嘘つかないの」
「黙れよメガネ。私だって広々と寝たいアル」
「僕も昔そうだったからその気持ちは分からなくもないけど…」
「お前のガキのころの話なんて聞いてないネ」

目の前で繰り広げられるアップテンボな会話に、基本的に会話能力皆無な俺は着いていけるわけもなく。普通に記憶があった頃の俺はどうやって対処してたんだよ。いつの間にかコミュニケーションスキルを磨いたのか。そんぐらいの記憶は残しておいてくれても良かったんじゃねえの。仕方ないので、会話のテンポなんてガン無視で自分も自己紹介をしておく。

「坂田…銀時?です。どーも」
「なんで疑問系なんですか」

うるせえな。大人の事情だよ。コミュニケーション能力不足っていう深刻な病気。



 

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