8輪目

 

「どうしてそんなことが出来るんですか!?」


 苦々しくも荒々しく、彼は叫んでいる。そんなことを聞かれるとは思わなかった私は困りながらほほえんだ。








「お姉ちゃん」


 空はとても晴れ晴れとしていて、雲一つない。あぁ、清々しい日だ。ふんわりと笑う妹の顔がきらきらとしていて、まぶしいくらいだ。くいっと私のそでを引っ張って焦る様子もなんて可愛いのだろう。食べちゃいたいくらい。


「ん? どうしたの?」

「誰かくるよ、どうする?」


 こてん、と首を傾げてみつめてくる。私はどうしたら良かったのか。ほんの少し、後悔のようなものがのぞいた気がしたがそんなものにかまっている時間はないようだ。なぜなら、その誰かは私の目の前に走ってきたのだから。


「なっ……!? リズ、離れて下さいそいつはアクマですよ!?」

「久しぶりとまではいかないけれど、元気にしてた?」


 緊迫した空気を醸し出す彼と真逆に、手元にある湯気のたつ紅茶をのんびりと傾ける。ごくりとのどをならしてから、少し離れておくように妹にいい添えた。彼女は後ろにさがる。いい子だね。――さて。


「それが、なーに? 彼女は私の妹だよ」


 とりあえず盾を展開すると私と妹の前に構え置く。ほんのちょっと驚きを見せたら、アレンくんははっとしてイノセンスを発動させた。どうだろう? 今も昔も私の願いは一つだというのに、アレンくんの悲痛な表情をみていたらなぜだろう、私の決意はこんなにも簡単に揺らぐ。


「リズ……君は、」

「私はただ、彼女たちと静かに暮らしていきたいだけなの。そっとしておいてくれないかな」

「それは君の知っている人とは違う。人の皮をかぶった兵器だ」

「うん。知っているよ、知ってる」


 言葉が地面にしみこんでいくみたいだ。彼の言わんとしていることも分かるけど、雪のように溶けて意味をつかむ前に消えてしまう。ああほら、そんな憎々しげでいて悲しそうな顔をしないで。間違っていることくらい分かっているもの。


「近くの町の人たちが見あたらないんです。瓦礫だらけでとても人が住んでいたような状態にはみえない、……リズの後ろのアクマがやったんじゃないんですか!?」

「……そうだよ。私が妹と一緒にやった」

「――ッ!」


 近くの町ということは、アレンくんはきっと私が生まれたあそこを通ってきたのだ。近くの優しくて気のいいおばさんの居たパン屋さんに、ちょっとお茶目なおじさんがいる花屋さん、いつも仲のよかった老夫婦に、たくさんの思いでが詰まっていたあそこを。
 妹の糧にするために、すべてを食らってやったあそこを。


「……仕方がないじゃない……、私が気づいた時にはもうすでに何人か食らった後で、彼女たちの片割れが死んだことも妹が片割れを伯爵に唆されて呼んだことも知るのが遅すぎた」

「それが沢山の人を殺していい理由になると思うんですか!!」

「思うよ。そうしないと弱い彼女は死んでしまうもの」


 アレンくんは唖然とした。彼にはきっと分からない。私がどれだけ彼女たちを愛していたか、その死を悔やんだか。アクマになった彼女をどう生かそうかと思案したことも、そのために大勢の人の命を犠牲にして彼女のレベル上げをはかったことも。その過程で美しく怜悧なノアに見つかった時にすり寄った私の気持ちも。

 ――私は彼に乞うた。彼女のレベルがある程度まであがるまで、殺すのを待ってくれと。

 まさかそれを待ってくれるとは思わなかったが、妹は流暢にしゃべるようになったし強くもなった。約束を守ってくれることに対する対価は情報で払ったつもりでいるし、そろそろ潮時だったのか。

 思考しながらアレンくんのイノセンスを受けきる。寄生型なだけあってその攻撃は重い。時に隣にたっていたアレンくんはこんなにも強かったのかと思い知るけれど、的確に妹のことを狙ったその腕をよけるという選択はもとよりない。幸いなことに私のイノセンスは盾であり、守備に特化しているといえる。なんとか攻撃の嵐を防ぎきっているのもそのため。


「そこを退いて下さいっ」

「ごめんね、それは出来ないの」

「どうしてそんなことが出来るんですか!? 君もエクソシストなら、これがどういうことか分かるでしょうっ……!」

「そうだね……私はエクソシストだね」

「今からでも遅くはありませんっ、はやく――」


 こちらへ。どうか戻ってきて。そうかすかにすがるアレンくんを、笑うことは出来なくても、ああ……分かってないなと少しの哀れみを持つことはできる。アレンくんと私じゃ違うのだ。だから吐き捨てる。


「エクソシストだけど、アレンくんみたいに目的もないし教団に命がけで奉仕しようとも思わない。私はエクソシスト、つまりは人間だ。だからこの子をアレンくんには渡せないし壊すことは出来ない」

「裏切っていたんですか……? よりにもよって、君が……!?」

「おいで」


 アレンくんの攻撃を防ぎつつ、私は妹を呼び寄せる。そして囁いた。こう言うときの対処法は覚えてるね。さあいくよ。
 つぶやきと同時に彼女は私を刺して逃げ去った。ぐぷりと簡単に腹を貫く冷たい感触。いい子だね、と頭をなでてあげたかったけどそれも叶わなさそー。


「な……!」

「教団への忠誠心より、友情より、仲間意識より――全人類を守ろうって思う気持ちより、私は彼女を選ぶ。やっていることは理解できるし、他の誰かがわたしと同じことをやっていたら間違いなく無理矢理にでもその人のことを止めるだろうね」

「ソレはもう人じゃない……アクマだ」


 かみ砕くようにアレンくんはいう。私は彼と私の周りにシールドを展開させる。これで誰もアレンくんと私の邪魔は出来ないし、私がこれを解かない限り外にでることもできない。妹が逃げきるまで時間を稼げたらそれだけでいい。


「アクマであろうが人であろうが関係ない。アレンくん、人間はとても自己中心的だよ」


 アレンくんたちが誰を守ろうが、それに反する行動をとってわざわざ自分から死ににいく。馬鹿みたいな人ばかりだ。
 自分の知らぬところで、誰が命を落とそうが関係がない。アレンくんがどんなに必死でやろうと、意味がないんだよ。アレンくんが私を殺すことはない。それは私が人間だから。死に底ないでも裏切りものでも人間だから。だからそれを利用するまでだ。


「……これが、私みたいなのが、アレンくんたちが守ろうとしている人間だよ」


 誰かが吸った息はだいぶ浅かった。


 


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