三夜光
「気にするから気になるんだろ、面倒だ」
「まあ……旅のおとも、相棒でもあるのに冷たいんですね」
「うるせえよ」
「ねえ、神田さん」
何だ、と神田は応じる。無愛想な表情と反して、勾はとても饒舌に語る。
神田も勾の口から出て来るものを止めることはないため、彼女の口からはぽろりぽろりと礫が転がっていく。
「一番気になるのは、神田さんも、リーさんも――他の過半数以上の方々も『教団』のおかしなところを理解していながら従っているというところでしょうか」
エクソシストも、化学班も。――それでも、エクソシストの方以外の反応は鈍く、教団は正義の味方だとでも言いたげに理想を熱く語られることがほとんどであったが。
「神田さんは、だから私のことを悪しざまに笑うことが出来なかったのでしょうか」
「…………」
「まあ、ですが。任務の前にギスギスとした空気を残すのも、神田さんがやり難いでしょう。申し訳ありません、今言ったことは忘れて下さいな」
さすように、勾は神田の目をみた。お前がそれを言うなと言いたいが、勾にそれを言ったところでどうせまた倍になって返ってくるのだろう。「そんな顔をなさらないで下さい神田さん」と言いながら、空気だけは柔らかく、視線は変わらずに。
パタパタと足音が神田の耳に入る。同時に勾の目も神田から外れて、なぜだかほっとしたような気がした。
「申し訳ありません、エクソシスト様。汽車に乗って頂いてすぐで悪いのですが、少々トラブルがありまして。少ししたら乗り換えなくてはならなくなりました」
戻ってきたファインダーに勾は「分かりました」とだけ返す。微笑すると、
「それまで立っているのも疲れるでしょうから、座られてはいかがでしょう?」
「すみません……では、失礼して」
ごく自然な流れで勾はファインダーと談笑を始めると、先ほどまでの色々なものをなかったものにした。にこにこと、笑う彼女のいびつな不自然さに、ファインダーが気付くことはなく。
勾と教団がいったい何を話したから、彼女がこうもあからさまに神田に語るのかは知らないが。神田が過去に通って来た日々を思うに、どうせろくんものではないのだろう。
助けてくれと言われても、殺してくれと言われても。神田が必要なものを得るためには、教団で待ち続けることが必須条件だ。神田も、彼女と同じく今は従うことしか考えていない。
神田はそこまでで思考することをやめる。今までに何度も考えてきたことで、それが意味のないことだからだ。
「神田さんは、どう思われますか?」
「知るか」
勾の内情は神田の知るところにはない。しかし、勾はこれでいて、"アクマ退治(やるべきこと)"はしっかりとやる。神田は任務内容を思い返す。神田がやるべきことは、アクマを倒し、イノセンスを守り、そして死なないこと。
「今日は、よろしくお願いいたしますね。神田さん」
彼女は関係がない。やることさえやってくれたら、誰だって変わらない。汽車はゆっくりと駅へ向けて減速を始める。何も思うことは無くても良いはずであるのに、なぜだがいつもより気分が沈む。始まっても居ない任務が、どうして憂鬱に思えてくるのか。舌打ちをひとつ、彼は立ちあがりながら出口に向かって歩き出した。
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