情実アンサンブル



情実交差点の続き





「え?マジ?行く行くやったー!あ、何時?あーでもそれは聞かねーとわかんねーから、うん、うん、おお、じゃあまたメールするから、本当にあんがとなー!」

ああ、と、返事が聞こえ、それじゃあなと言ってからぷつと京介は携帯電話の電源ボタンを押して通話を切った。携帯電話を胸に抱えて電話口でも言ったように、やったーと笑う。

「うるっせぇ」

「んだよー」

そんな京介を、隣のソファに座っていた狂介を睨んだ。何を隠そう京介が電話に出てはしゃいでいたのはリビングで、そこには馨介も京介も居る。夏休みの昼下がり、その日は元来休日であり学生も社会人もいて当たり前の空間であった。
馨介は家族との時間を大切にしているので楽しそうな京介のその姿に微笑むばかりだが、狂介はと言えば夏休み特別枠で再放送されている見たかった番組を見る為、仕方なく液晶テレビのあるリビングに居るだけなのではしゃぐ京介が喧しくて仕方ないようだ。そんな狂介を嗜めて、番組もCMが入ったのを確認して馨介は「友達からか?」と尋ねる。

「うん!」

「そうか」

嬉しそうに頷く京介に、馨介は微笑み返してやった。今座っている場所は京介から少し遠い為無理だが、頭を撫でて遣りたいなと馨介は笑顔のまま考える。代わりに自分の隣で一々返事ボリュームが大きい京介にうなだれる狂介の頭をわしゃわしゃと撫でた。
その仕種に喧しそうにしながら顔を俯けて膝に頬杖を付き、しかし馨介を咎めずに狂介は意地悪そうに京介を見遣る。

「どーせ不動遊星からだろ?」

「え!?なんでわっかんだよ!?」

「だからうっせーっていちいち」

遊星からの電話の調子はよくわかる。何故かと言えば簡単で、遊星と同じく京介の友人らのクロウやジャックが相手であれば、京介はああも一人でぽんぽん喋りはしないし、あんなうるさい声で電話口に喋れば暫くすると「俺うるさくねーよ!」と携帯電話越しに声量を注意され吠える筈だ。携帯電話を耳から離して怒鳴るジャックやクロウの姿は用意に想像出来る。よって静かに京介のマシンガントーク話を聞き続け、何事もなく電話を終える京介の友人は遊星しかいやしない。

「今から行く、と言っていたが、出掛けるのか?」

「あ、うん。勉強教えてくれるってよ!」

「期末最低だったもんなぁ」

「狂介うるっせぇ!!」

「お前のがうるっせぇよ」

喧々囂々と、なんとも下らない口論を繰り返す。馨介はまあまあと二人を嗜めて、それから「何か手土産買って行くといい」と狂介の頭を再び撫でて京介へ言う。

「うん!あ、そうだ」

「?どうした?」

「遊星、泊まりに来ないかって」

昼にバイトから帰った時から置きっぱなしのを鞄を取りに立ち上がり、ポケットに入りっぱなしの財布を確認して京介は馨介へ向けてそう言った。
遊星先輩大胆になったなぁ、と、狂介が呟くがそれは距離から京介には聞こえていない。しかしそれを真横で聞き取った馨介はパチパチと瞬きをしてから、京介を見遣った。

「……ジャック君やクロウ君は来るのか?」

「ううん?」

「…そうか」

「あ、ただ遊星の父さん来てるってさ、俺に会わせたいって」

淡々飄々と言うので、馨介は一瞬もう一度そうかと頷いてしまう。だが狂介が再びにやにやと本当に大胆だなと呟くので事に気付いた。
狂介も馨介も、遊星と会う機会は少ないが気付いている。彼が京介へ淡い恋心を抱いている事は、鉄面皮な彼だがだからこそそれ以外の表情がわかりやすいというか、京介が気付かないのが不思議なくらいであった。

「行ってもいいよな?」

「え、ぁ、えぇと」

普段冷静な馨介も、こればかりには困惑している。自分の可愛い弟をまざまざ可愛い弟に気のある奴の家を送り出すのは些か即答しにくく、しかし可愛い弟が断れるとは思わず許可を取ろうと笑顔でいる、が、相手方はなんと父親待機までしているらしい。それが逆に思春期の青年の思いの歯止めにはなるのだろうが、なんとも、首を縦に振るのは躊躇われる。いや、京介からしたら可哀相な事に遊星はただの友達なのだろうが。

「え、ダメ…?」

なかなかに返答を返さない馨介に、流石の京介もよろしくない空気を感じ取ったらしい。泣きそうな顔で、なんで、と言いたそうに馨介を、そして狂介を交互に見遣った。

「ダメなの?おにーちゃん?」

嫌味ったらしく、狂介は頬杖をついて馨介を見遣った。京介はまた兄と弟とを交互に見遣り、そして、馨兄、と呟く。

「……いや、行くと、いい。迷惑は掛けないようにな?」

「いいの!?」

「遊星君のお父さんもいるんだから…お土産、ちゃんと考えて買って行くように」

「うん!」

まるで遠足前日の先生だな、と、狂介は肩を竦める。ちょうどCMが終わったのでそのまま画面を見遣り、狂介は騒ぐなよと心で呟いて今度こそ黙った。






そわそわ、と、落ち着かない。
泊まりおっけーだって、今から向かうな。とそう鬼柳からメールを受け取ってからなんとも落ち着いてくれなかった。

「そろそろ来るかな?」

「ああ」

もう10回は聞かれたな、とつい笑ってしまう。先程から父がそわそわと落ち着かずにいてなんとも微笑ましかった。まるで結婚相手でも紹介するようなそんな雰囲気である。父さん、と声を掛けるとテーブルの周りをそわそわ歩き回っていた父はくるりと顔をこちらに向けた。

「なんだい?」

「鬼柳は、とても良い奴だ」

「うん」

「きっと父さんもすぐ馴染む、だから、落ち着いてくれ」

今朝父は鬼柳の事を教えると、朝食中ずっと考えるようにしていた。そうして朝食を食べ終わった途端によし今から呼ぼうと元気に命令した訳である。だのに言いだしっぺがこれとはいかがなものなのだろうか。

わかったよ、と父は笑う。本当に表情豊かな人間だと思った。暖かい笑顔は、母もよくしていたと思う。俺は表情が硬い、本当に二人の息子なんだろうか。

「遊星、携帯電話がガタガタ言ってるけど」

「あ、」

言われ、テーブル上に置きっぱなしだった薄っぺらい携帯電話を手に取る。マナーモードにしてあるそれを開くと、着信を示すディスプレイには鬼柳という名前が表示されていた。通話ボタンを押してテーブルの周りをいまだ歩き続ける父から少し顔を背ける。

「鬼柳」

『あ、遊星!俺、俺!』

「ああ、どうした?」

きぃ、と音割れを引き起こしている大きな声に少しだけ携帯電話を耳から離した。それを見ていた父が横から耳をこちらに寄越している。この鬼柳の声量からするに近付かなくとも内容は聞こえるのだが、父は先程こちらから電話した時もこの様子だった。

『いやもう着くんだけどさ』

「ああ」

『あーっと、コンビニの手前だっけ、奥だっけ?』

似たマンション多いんだよなぁと携帯電話を少し離して辺りを見回したのか、小さい声で聞こえる。

「コンビニで待っていてくれ、迎えに行くから」

『え、いや大丈夫だって!』

「ついでに買いたい物もあるんだ。すまないが待っていてくれないか?」

言えば、鬼柳は少しばかり控え目に笑った。鬼柳、と名前を呼ぶと鬼柳は「あんがとな!」とそう言い切って通話を切る。ぷーぷーと情けない音を立てる携帯電話をしまい、横で会話に聞き耳立てていた父を見遣った。

「と、いう訳で迎えに行ってくるから」

「なぁんで鬼柳君は遊星の気持ちに気付かないのか不思議でならないよ」

「?」

「なんでもない。じゃあ留守番しているからね」

とん、と肩を押されて、疑問をそのままに俺は財布と鍵を持って外に出る。
俺はなんら普通な態度で電話していたつもりだが、傍目から見たら下心丸見えな様子だったのだろうか。考えながら中途半端に履いていた靴をきちんと履いて、エレベーターのボタンを押す。
鬼柳が聞いていた場所の質問の答えは手前だ、なのだが、それこそ鬼柳が言っていたようにこの辺りは似たマンションが多い地帯だった。セキュリティも甘くないマンションだし、呼んで場所を教えて手間を掛けさせるのはなんとも申し訳ない。

(…勉強を教える、だなんて、単なる口実だ)

そうだ、ただ自分はよこしまな考えに基づいて鬼柳を呼んだ。父に自分の好きな相手を見せたくて、友人だというのにまるで彼女でも紹介するかのように。…考えれば考えるほど、申し訳なくなって来た。

エレベーターで一階まで降り、そうは広くないエントランスの扉を潜って外に出る。少し歩けば本屋とコンビニが見えて来る場所で、なかなか恵まれていた。


「鬼柳」

コンビニに入り、いらっしゃいませと言う店員の声を聞きながら入口真横の雑誌コーナーで週刊雑誌を立ち読みする鬼柳を呼び掛ける。涼やかなTシャツとジーパン姿で、流石に暑さからかシャツは(珍しく)シャツインせずに出していた。片手には紙袋を持ち、背中には彼の弟の狂介の物だろう、当たり障りのない洒落た黒赤のリュックが背負られている。
最後に会ったのは終業式で、一週間振りの鬼柳の笑顔は新鮮でスローモーションに見えた。

「遊星、久しぶりだな!」

「ああ」

「今日はマジありがとな」

じゃあ買い物だな、と俺の横に立つ鬼柳を見上げる。ああそういえばついでに買い物があると言って出て来たのだったか。片手に持った財布を見遣り、牛乳と月に一度出ているバイクの雑誌をレジに運んだ。雑誌の方は普段立ち読みで済ませているのだが、牛乳だけ買うのも不自然かとつい手に取っていた。

「教材は持って来たか?」

「当たり前だろー」

「赤点取りそうになったのは…」

「あぁっと…3教科?かな、多分。でも教材は全部持って来た」

レジで清算しながら鬼柳は指折り数えて見せる。最早常連になっているこのコンビニで、この時間帯の店員は顔なじみだったので見慣れたパートの主婦らしい女性は俺へ「お友達?」と笑顔で尋ねた。どちらかと言えばふくよかで、身長は低めの女性である。社交性の低い俺にも気兼ねなく話掛けるなんともフレンドリーな女性だ。

「あ、はい」

「俺、鬼柳です。こいつの同級生で」

にぱーと小学生を連想させる笑顔で鬼柳は女性へ自己紹介をして見せる。真横で見ていた俺は財布から小銭を取り出す手が止まってしまった。なんだって鬼柳はこんなに一挙一動が魅力的なのだろうか。輝かしいまでの笑顔についつい見惚れてしまう。

「あら可愛い笑顔ね〜」

「カッコイイでしょう、そこはー」

はははと鬼柳はなんとも砕けた雰囲気で話をしている。なかなか小銭を取り出さないので、半端を払うつもりがないと取られたらしく女性は千円札で会計を済ました。

「それじゃあ勉強会頑張ってね」

「あーい」

先程の俺と鬼柳の会話で察したのか、女性は勉強会とそう言って俺へ釣銭を渡す。量の多いそれを財布へしまい、女性へ一礼して店内を出た。
俺が何ヶ月か掛けて漸く立ち話するようになった相手とものの数秒で打ち解けた鬼柳に、なんとも感動する。鬼柳はなんだってこんなに人懐こいのだろうか。

女にモテないとよく歎く彼だが、実際鬼柳を好いている人間は多い。ただそれがラブにはなりはしないだけで、ライクという感情であれば鬼柳は下手すればオーバーでなく校内の半数以上からはそれを向けられている。人当たりが良いのだ、いつも笑顔で気軽で楽しく優しい。運動神経が良いので人数の足りない運動部の練習を手伝ったり、皆のやりたがらない雑務なんかをぱぱぱーとやったりして、後輩先輩からも良く評価されていた。
もし将来の夢がボランティア活動で世界中を回るのだと鬼柳から言われたのなら、ああなるほどと思える。鬼柳はそんな人間だ。どの国の人間とでも打ち解けて心から優しく尽くせるだろう。
だから鬼柳が赤点を取ってもそれは彼の持ち前の性格と引き換えなのだろうな、なんて思えた。俺はいつも平均点を軽々超えた点数を取っていたが鬼柳のような人を惹き付ける、そんなカリスマ性は微塵も持ってはいない。
だから鬼柳が赤点を取ってもいい、という訳ではないが、つまり俺が言いたい事は俺なんかが鬼柳に勉強を「教える」というのもなんだか厚かましい話なのだという事だ。


「鬼柳」

「んー?」

「勉強会にと誘っておいてこういうのも、なんだが…」

マンションに着き、降りてくるエレベーターを待ちながら鬼柳を見遣る。鬼柳は小さく微笑みながら少し首を傾げて俺の高さと同じ高さで目線をくれた。これが全て無意識に行っている気遣いなのだとしたら、鬼柳はもう聖人かなんじゃないだろうか。

「鬼柳の良さは、勉強なんか関係なくって」

「うん?」

「…だから、その、嫌な事は無理にしなくて良いと思うんだ」

最上階にあったエレベーターが、途中で止まったらしい。降りて来るのに時間がかかっている。

「でも俺が頭悪いのは、まあほら事実だからなぁ」

「違う、鬼柳は頭が悪い訳じゃない、ただ勉強に不向きなんだ」

頭の悪い人間が何人もの人間から好かれるだろうか。少なくとも鬼柳は頭は悪くない、ただ勉強という行為が苦手なのだ。そうして人との接し方がとても上手い。
小学生の時、道徳という授業があった。人の心を大切に、大事に、他人を思いやろうと解くあれである。もしあれが高校の必要科目に入るのなら鬼柳はきっと満点が取れるだろう。

「あんがとな」

「鬼柳」

「遊星は優しいよな、そーゆーとこが俺、大好きだ」

言われ、心臓が痛いくらいに跳ねる。それを皮切りにばくんばくんと心臓が煩くなり始めた。大好き、と、言っただろうか。

「鬼柳」

「ん?んあ、やぁっとエレベーター来るなー」

鬼柳はなんにも気にしていないらしい、それはそうだ鬼柳の言った言葉は親友に対するライクの言葉である。俺の頭の中でその言葉飛び回っている心臓を煩くさせているなんて想像もしていない筈だ。

「……俺も」

なのに何を伝えようというのか。震えた唇でエレベーターの階数を表示するランプを見上げる鬼柳を見上げた。
ん、と呟いて不思議そうに俺を見遣る鬼柳を見詰めるといよいよ心臓がとんでもないくらいに煩い。さわさわと胸元の服を撫でる。

「俺も、鬼柳が」

大好きだ、と、呟くでも叫ぶでもない普通の声色で言った瞬間、着いたエレベーターががぁっと音を立てて開いた。「うん」と嬉しそうに頷いて返した鬼柳は、エレベーターの中に入って行く。
…告白とは微塵も捉えていないようだ。それもそうか。
うなだれながらエレベーターに足を踏み出し、顔を上げる。

「あー、その、まあ、遅いから見に来ちゃった、ん、だけど…」

そこには気まずそうに笑う父が居た。
鬼柳は、ああ遊星のお父さん、と呟いて頭をぺこりと下げる。なんら普通な態度の鬼柳とどうにもしょげてしまう俺とを見比べ、父さんは苦笑した。なんとなく事態は読めているのだろう、そして、俺の言葉も聞こえたのだろう。

「はじめまして、鬼柳です」

「……君が鬼柳君かぁ、元気?」

「あ、はい、元気だけは有り余ってますよー」

「はははそっかそっかぁ」

へにゃへにゃと笑い合う二人はなんとも意気投合し、先程までの父の落ち着きの無さが嘘のように、まさしくへにゃへにゃと馴染みあっている。俺は階数のボタンを押して扉を閉めて、なんとか先程の事を気にしないようにと努めた。




***



続きます…orz










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