前に書いたこのssの続き
売春癖のある狂介君と馨介嫌いの磬介君



***




クリスマスだ聖夜だと浮かれる駅前の街並みは普段より人混みが混雑していた。しかも内容は数人や二人組が固まって歩くもんだから、密度が濃く見えて仕方ない。しかも今年はホワイトクリスマス、ちらほらとだが空からは雪なんざ降っている。

(胸糞悪ィ…)

カップルや友人、楽しそうに思い思いの相手と話をしながら歩く人達は自分達の人生に必死でこちらなんて見はしない。無理に引かれた腕が痛む。眉根を寄せて俺を引っ張り回す前の男二人を見ると、パチンコ屋の横にある路地裏へ引き込まれた。
そのまま少し奥に入って行き、どんと押されて地面に尻餅着く。見上げた空はパチンコ屋とオフィスビルの合間から漏れる光と雪で、汚らしい壁すら綺麗に見えた。

「おい狂介、何ぼーっとしてやがんだよ」

「………してねぇし」

見上げた男は苛立ちと何かしらを混ぜ合わせた顔で俺を見下ろしている。連れの方の男も同様だった。
何故だかわからない。わからないが、俺はこいつらに泥棒だとか疑われているらしい。この男は一応俺の商売相手だ。最近は妻子持ちか紳士的な奴か、こういう事態の起きなさそうな奴しか選ばずに慎重にしていたのだが、この業界に顔を突っ込んだ当初の唯一の顧客だった男だった為どうにも蔑ろに出来ず今までいた。しかし今日嫌気が差した。この間寝た時に俺が男の高い値のする腕時計を盗んだのだと言う。駅前で偶然顔を合わせてはそれを言われ連れ回され、今に至った。同行していた連れも一緒に来させる辺り、弱腰が伺える。

「幾らすると思ってんだよ、あの時計」

「だぁから、盗ってねーって」

いい加減面倒臭い。溜息混じりに言うが、男は俺の返答に満足出来ないらしく眉根を寄せる。
第一、そんな時計すらあったのかがまず疑わしい。

「もしもう物がないんでも、金で返せやいいからよ」

「だから盗ってねーって」

「犯人っつーのは否定するもんなんだよ」

学生の身分で高い時計なんて所在に困る。売ったとしたって俺の貯金に比べりゃ大した金にもならないだろうが。盗る理由がない、というかそんな時計をこの男が付けてる所を見た記憶がない。急所蹴り上げてやろうか、こいつ。

「まあ安く見積もってお前の商売10回分って所かね」

座り込んだ俺の目線に合わせるように、男も座る。正面に見据える位置でしゃがまれ、ぱっと振り返った。別な建物の壁で行き止まりになった路地裏の奥を確認し、あまり使われてなさそうなパチンコの通用口を見て、逃げるならこの男二人の間を通るしかないかと俯く。また正面に顔を戻すと連れの男に片手を捕まれ、男に頬を撫でられた。

「…触んなッ」

ぐっと身を攀るも、強く捕まれた手は解けない。妙に焦って立ち上がろうとするも押し込まれるように肩を捕まれて上手くいかない。商売とは違う、なんだか人権をぐしゃりと捻り潰されるようだ。背中に妙な汗がどっと流れる、鼻先を舞う雪が不愉快でしかない。

「近くにホテルあんだろ、そこ行こうぜ狂介」

「ま、こんな寒い場所で話もあれだしなぁ」

ぞっと寒気がする。今日は寒いぞと馨介に出掛けに渡されたマフラーなんて意味ないくらいに、寒気がした。別に抱かれるのなんて慣れてるけど、こんなにも理不尽な話は初めてである。本当に胸糞悪い。
二人の奥に見える人混みでは楽しそうに思い思いの人生に没頭している奴らががやがやと音を立てていた。別世界みたいだ、と無理に立ち上がらされながら眺めていると見知った人間が通り、ちらとこちらを見る。そして足を止めて、俺と目が合った。

(…馨介じゃねぇか)

長い髪に黒いコート、買物途中だったのか紙袋を片手に持っている。あんだけ寒いとか言ったくせに自分はマフラーを巻いていない。癖みたいになっている笑みを見せなきゃ随分と目付きの悪いその顔が、少しだけ吃驚している様子だった。そうしてほんの少しばかり間を空けた後、こちらへ歩いて来た。

「……きょうす、」

馨介何来てんだよ、と言おうとした。しかし言う前に男二人の後ろにまで来ていた馨介は連れの方の男の襟首を後ろから掴むと、そのまま型のなっていない大分荒い背負い投げ…のような腕力任せの投げ技でもって男を地面に落とした。どんっと重々しい音がしてから、布の激しく擦れる音がする。
それからいきなりの事で状況の読めていない、俺の肩を掴んでいる男の掌を力強く掴んだ。

「……すまない、俺の弟なんだ」

随分と不機嫌そうな声だった。そのまま「あ」やら「いや」やら口ごもる男の鼻頭をがすって音のする裏拳で叩いた後、男の掌を音がするくらいに握り締める。すぐにぱっと手を離せば、男は伸びてしまった連れをたたき起こしてそのまま何も言わずに振り返りもせずに走って逃げていった。馨介、目が大分据わってる。そんな顔も出来んのな、つか喧嘩なんて出来るのな。

「……怪我、ないか?」

「え、あ、うん。まあ…」

「そうか、じゃあ」

くるり。一通り俺の全身を確認すると、馨介は踵を返して人混みへ向かった。始終無表情で、どうにも様子がおかしい。
馨介だったらうざったいくらいに俺の体を調べて、怪我がないとわかると嬉しそうに笑って「よかった」と頭を撫でるくらいに、まあ、ブラコンだ。ましてや一人で家に帰らせたりしない。

「きょ、馨介…!」

「……なんだ」

それにこんな目茶苦茶冷たい目しねぇし。あの鬱陶しい過保護な顔はどうしたんだ、と、考えて、それでふと思い出した。思い出した途端に色んな感情が溢れて、なんと声を掛ければいいのかわからなくなる。随分無神経な俺だが、こればかりはなんて声を掛ければ良いのだろうかと悩んでしまう。だってこいつ、あれだ。

「……いつ日本に来てたんだよ、磬介…兄ちゃん」

馨介の双子の弟の、磬介だ。そうに決まってる。馨介と磬介が七歳の時、俺が一歳の時に外国に行った、らしい。話を聞いた事しかなかった。どうにもなんか重い病気とやらで外国での治療が必要だったらしく、馨介が言うには簡単には日本には来れないらしい。だから俺は磬介という人間をまるで童話の人物のように感じていた、身近なようで見えない人間。しかし何故その磬介が今此処にいるんだろうか。

「…俺の事、わかるのか」

「そりゃ、まあ…」

馨介は季節の変わり目には磬介に手紙を書いている。あきずによくやるな、と俺は思っていた。俺からすれば磬介は見た事のない兄貴だ、感情移入のしようがない。

「…一年前に、こっちに来た」

「んな前から?」

「………この近くに住んでる。来るか?服が大分濡れてるが…」

一年前って、馨介は先月も外国に宛てて磬介へ手紙を書いていた。磬介から手紙が来た事はないから二人の仲が温厚ではないのではと薄々考えてはいたが…どうやら本当にそのまんまらしい。
とりあえず、頷く。磬介はそこでようやって怖いくらいの無表情を小さく笑顔に変えた。そうして再び踵を返して人混みへ向かう。着いて来いって事か。口数が少ないなと馨介よりも細く見える痩せた、不健康そうに青白い首筋を見上げる。マフラー、すりゃいいのに。




 






小説置場へ
サイトトップへ


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -