長編さよならイデオローグの元ネタ。長編の文が途中で切れてるだけの仕様です



*



久しぶりに夢を見た。ダークシグナーであったときの夢で、だけど内容は何回も何回も見た、仲間を傷付けるいつものワンシーンではなかった。
あの厳しくて冷徹な人間がたまにほんのりと見せるあの優しい顔が、ぱ、と浮かんだ。しかし記憶と違い、彼の髪はくすみない金髪であり瞳は白目を持ち顔に死者の刻印はない。やけに似合う白衣を着て、光の中へ歩いていっていた。俺はそれを眠い眠いと落ちる瞼でなんとか見詰めて手を伸ばして、さよならだと伝える彼に、ルドガーに行かないでと伝えようとしている。しかしルドガーは消えた。そこで目が覚めた。

「ルドガー、」

心臓が張り裂けそうなくらいに痛くて、俺は天井を見上げて目を見開いたまま、暫くボロボロと泣いてしまった。最近は毎日の目覚めがこれである。彼の冷たい体温が愛おしくて堪らなかった。



サティスファクションタウンの朝は静かだ。
通りにはちゅんちゅんと不細工な潰れ面をした鳥が飛び交い、それに餌を遣る少女がいる。品出しをする雑貨屋の店主と、今は決まった店員のいない花屋の責任者が和気藹々と話している光景も日常だ。
復興作業は素晴らしく順調に進んでおり、このまま行けば遊星達がWRGPで決勝に当たる頃には町長である俺がこの町を空けても平気なくらいにはなるだろう。あの有名なチームユニコーンに勝ったのだと連絡を受けたのはつい一週間程前の話だ、決勝なんてすぐの話にも感じる、あいつらなら楽勝だ。
まだ人の少ない町中を歩いて行き、ご立派に構えられた職場へ向かう。なんだか最近は他の町や市からの外来者が多く、ただ書類を捌くだけでない作業に神経が疲れて来た。まあ復興とは言えども、ただ町を綺麗にすれば良い訳ではないとはよく分かっているのだが…。

「あ、鬼柳さん、おはようございます」

「鬼柳さんお疲れ様です」

行く先行く先に掛けられる挨拶に、にこやかに手を振る事で返した。最近では何故だか自分はシンボルキャラクターとして担ぎ上げられている為、愛想は特別よくしている。笑顔でいる事自体は気分が良いし苦ではないが、しかし信仰心が過剰ではと風邪をひいたときには思った。町中活気がなかったとラモンは笑っていたが、しかしながら自分の存在がそこまで大きいだなんて思わなかった俺としては、うんうんと更に頭が痛くなったのだった。

「ああ、鬼柳さん」

「……ラモン」

職場である仮役所が見えて来た辺りで、ラモンがせかせかと左方から走って来た。朝はだらけるラモンがなんだかさかさかと走っていた為、どうしたものかと思わず身構えた。
左方というと、町の入口から来たのだろうか。一応町の中での復興作業指揮を任せているラモンなので、何か作業を始める前の準備で不手際があったのか。

「どうしたんだ?」

「いやそれが、放浪者、と言っていいんですかね…妙な奴が来まして」

「……そんなの、町に入れてやればいいだろ」

何を言っているんだこいつは。元々大都市から大都市の間に位置するこの町は旅人の中継町とも言える場所にあるのだ。だから旅人や放浪者が通り縋るのは当たり前で、町の中には宿場として栄える一角が設けられているくらいである。かくゆう俺だってそういった放浪者の一人としてこの町に流れ着いたのだ。
放浪者が町へ足を踏み入れる事を否定する理由がないだろう、と言って見せれば、ラモンは顔をしかめて「いえそれが…」と言う。

「なんだ?何か町に入れるのにしぶる理由でもあんのか?」

「まあ、一応」

「どういう理由だ?場合によっては、まあ、仕方ねぇだろ」

はあまあ、とハッキリしない返事をしてラモンは後ろ頭をかいた。そうして少し間を空けた後、面倒臭そうに言う。

「なんか記憶喪失みたいなんですよ、そいつ」

「はぁ?」

「ほらそうやって物の分からない顔をするじゃないですか」

ラモンはそのまま説明を続けた。言葉はわかるし物もわかる、いや寧ろ人より賢い雰囲気を持った男性だと言う。しかし自分の過去が一切分からず、それどころか名前すら分からないのだそうだ。目が覚めたらこの町の近くで寝ていて、歩いてなんとかこの町に着いたのだと言う。

「なんだそりゃ」

「俺にもよくわかりませんって。まあ……入口前の喫茶店で待たせてますんで、町長直々に会って下さいよ」

「あー?今日仕事あんだけど」

「面倒臭がんないで下さい、アンタの町なんだから、他に捌ける人がいませんよ。副町長だっていないし」

とんと肩を押され、仕方なくため息を吐きながら入口の方へのそのそと歩を進めた。
確かにまだ副町長を決めていない。その為に俺は町長と副町長、両方の仕事を熟さなくてはならない為に日夜馬鹿みたいに働いていた。
ラモンは気兼ねない友人のような奴だからラモンに任命したかったが、ラモンをよく思わない奴は町には沢山いたし、何より本人がよしとしない為にどうにもこうにも副町長が決まらない。他に任せられそうな奴、だなんて、まだこの町に来てから5ヶ月経たない俺には決められないのだ。いっそ立候補で決めちまえと言ったらラモンにもニコにも止められた。なんだってんだ。


喫茶店に着くとまだ開店前の為、裏口から入るよう言われる。仕方ないと裏口から回って中に入れば、店内は普段の雰囲気とは違い妙に薄暗くて違和感があった。普段は下ろしていないブラインドのせいだろうか。

「ああ鬼柳さん、どうもおはよう」

「おう店長おはよう。で、なんか人待ってるって?」

店長である初老の男性も、まだ開店前の為普段のエプロン姿ではない。新鮮な姿だと思いながら、店長に「あちらに居ますよ」と言われて奥の席を見遣った。四人掛けのテーブル席に手前の椅子に座りながら掛ける人物は、記憶喪失をするようなヤワな雰囲気ではない。ガタイはよく背が高いのが、入口から店の奥までと距離があってもよくわかった。背中に伸びる長い金髪を持っていて、俺より長いかもなと思いながら歩み寄る。
そうして真後ろに付き、トントンと広い肩を叩いた。彼の前には店長からの差し入れだろうブレンドコーヒーが置かれており、ブラックのまま残り数pを残すばかりになっている。

「よう、俺はこの町の町長やってる鬼柳だ。記憶喪失なんて災難…だ…な、」

肩を叩いた数秒後、男は上体だけ振り返った。そうして「ああ、どうもわざわざ」だなんて酷く聞き慣れた声色で男は固そうな口角を上げずに頭を下げて見せる。長い金髪がぱさりと揺れ、上げた瞳の色は黒い色には縁取られていなかった。褐色の肌は健康そうというよりは、ただ彼らしいと思わせるのみで、ああ、なんでなんだ

ルドガー、と呟くと彼は何の単語かわからないとばかりに「鬼柳さん?」と呼んだ。やめろよ敬語なんて似合わない、アンタは敬語なんて言わない



 





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