笑覧クレバー



安心感の続き


外観はツヤのある、赤みが綺麗な新鮮な林檎だ。だが、何故かその林檎からは腐臭がする。腐った部分等、ないというのに。
狂介はそんな奴だと思った。

(良い例えだ。恐らく)

あまり美しくない例えではあると自覚はあったが、一番しっくりとするのだから仕方ない。
遊星やブルーノ達のように考えるとすれば、壊れていない筈のバイクが黒煙を上げているが、スピードも落ちないし熱暴走もしていない状態、だ。

(……違和感を感じる)

そうでない筈なのに、何故か悪く見えてしまう。核心に近付こうとすればする程、矛盾をまざまざ見せ付けられた気分になった。

狂介は良い奴だ。良い奴の筈、だ。根は優しく、成績も案外良いらしい(入学時の試験の結果は上から3番目であったと、狂介の担任から聞いた)。
それだというのに、狂介は何故か悪く振る舞う。素行や見た目、口調。上辺のみを悪く取り繕って「良くない人間」を作り上げている。

(…まるで道化だな)

笑われる為に道化を演じる人間。しかしそれは、あくまで一人の『人間』が『道化』を演じている。だから、それに矛盾等は存在しない。その場限りの変身、永遠に続く訳ではないからだ(道化の心がどうあるかは別として)。
しかし狂介は、『狂介』でありながら『道化のような狂介』を演じてるのだ。理解不能である。
『狂介』が『狂介』でなくなってしまう。本来の『狂介』が霞み、消える。そういう事ではないのか。『狂介』自体が『道化のような狂介』になってしまうのでは、『狂介』は何処へ消えてしまったというのか。

狂介は何処に居るのか。腐った臭いのする林檎を手に取れば、分かるというのだろうか。

(……わからない)

狂介が、狂介の事が。いやなにより、狂介の事を知ろうと躍起になる自分がわからない。
何故こうも狂介を追うのか。いや、理由はわかっている。あんなタイプの奴に出くわしたのが初めてであったからだ。
この俺、ジャック・アトラスはアトラス家の跡取りである一人息子だ。その為、人を理解し考え思いやる、という家訓は骨身に刻み込まれている。だから、狂介もその家訓に倣って、理解して考えて思いやろうとしたのだ。だが一筋縄ではいかなかった。
それどころか、理解しようと追えばひらりと避けられた。
にへらと笑う顔はいつも気が抜けている(その顔は演技なのだろう。知っている)。
口調もとても乱雑だ(しかし選び抜かれた言葉だ)。
行動は常に不適切(最上級に不適切でない辺り、考えた結果が見られる)。
秩序は守らない(しかし学園内で不秩序を働いた事は、ない)。



「………」

かたり。シャーペンをノート上に転がす。窓の外を眺めたいが、中央列一番後ろの自分の席からでは到底無理だろう。
身につかない勉強に頭を振り、控え目に溜息を吐いた。

(また奴の事を考えているの、か)

ひくりと口角が上がる。「これはまずいな」と考えて自然と上がった口の端。表情はこの上なく『苦笑い』だ。自覚はある。

日増しに思考が狂介一色になって行くような気がしてしまう。
難解な数式を説き明かし、名を付けた。そんな科学者達の気持ちも少し分かって来てしまう気もする。
これは狂介を理解しようとする、俺の意地だろう。あと少しで分かりそうなのだと掴むが、掴む物はいつも何か不可思議な物体で、核心には近付けていない。そこが妙に勝ち気な自分の性格を煽っているのだと思う。多分。

あの雨の日に、猫を丁寧に埋葬した姿。あれを思うと更に理解したくなった。

狂介の真実を求めたくなるのは、狂介が新しいパターンの人間だからだ。何度目とも分からず考え、俺は再びシャーペンを手に取る。

(……恋心に似ている、な)

ふと思い当たった。そうだ、この感情は恋心に似ている。
相手の事を知ろうと躍起になり、相手を何度も何度も思ってしまう。残念ながら恋等した事のない自分は、ハッキリとは言えないが、しかし恋心に『似ている』だけだとは思えた。

恋とは、異性を見て胸が熱くなり、相手を思うとドキドキしてしまう事を指すのだろう。聞いた話だが。

(一つも当て嵌まらんな…)

狂介は異性でない。そしてアイツを見ても、ドキドキも何もない。
ただアイツを知って、素行を叱り、真実を垣間見たいだけだ。傍らに居たいとは思うが、何も恋心だとかそういう感情からではない。ただ、アイツの事で頭が一杯になるだけだ。

(放課後、教室の前で待ち伏せてみるか)

腕を組み、椅子に大いに寄り掛かる。ぎしりと音を立てて天井を見上げた。教師の視線が一度こちらに向くも、さも気にしないように授業は続く。
周りの生徒も少しばかり視線を寄越すがあまり長くは見ない。すぐに自分の教材か、黒板に目を遣った。

(…狂介ならこっちを見もしない、か)

ああ少し奴の事が理解出来て来たような気がする。そう、奴は人に無関心な節があり、そして自分にも無関心だ。少しばかりすっきりとする。パズルのピースが上手く嵌まった感覚だ。まあしかし、きっとまだ外枠も完成していないのだろうが。









「うわ」

放課後。都合良く一年より早く授業が終了した為、教室の前で狂介を張り込んだ所、物の見事に狂介を捕まえられた。
俺を見た時のあからさまに嫌がる反応や顔はまあ気にせず、逃げ出そうとした狂介の腕を掴む。あまり抵抗はなく、しかし侮蔑するように睨み付けられた。

「っ…んだよ、先輩」

「少し話がある」

ああ、思えば狂介は今日は真面目に学校に来ていたのか。感心して見下ろすも、狂介はちらと背後を見てから自分の腕を掴む俺の手を叩き、顔を下げた。
ぱちん、と鳴る音は小さい。弾みで少し力を緩めてしまうが、狂介は逃げ出すでもなく一直線に階段を指差す。

「場所移動しましょう先輩、アンタは此処に居ると迷惑だ」

「ん?あ、ああ。わかった…?」

何が迷惑なのだ、と聞こうとしたが、あまりに狂介が急かすので俺は仕方なく従う。それと同時か、背後から黄色い声色達が聞こえた。
「きゃーっ」やら「うそーっ」やら。振り向こうとしたが、狂介が階段へ走り出すので振り向けずに俺はそのまま走る。狂介の腕を掴んでいるのは俺なのに、俺はその腕を離すのも忘れて必死に狂介に着いて行った。

そうして階段を降り切り、そのまま体育館へと続く渡り廊下まで走らさせる。ばんっと扉を開き、渡り廊下に出た。外の空気は生温い。扉を閉めて、そこでやっと狂介は俺を見上げる。

「……用はなんですか、先輩」

俺もそうではあったが、息一つ切らさずに淡々と胡散臭い敬語を話す狂介。訝し気見下ろすが、やはり狂介は何を考えているのかわからないその態度のままだ。
居心地が悪く、俺は暫く悩んでから口を開く。

「…何故場所を移動したのだ?」

「はぁ?」

渾身の溜息だ。何聞いてんだよ、と言いたげだと俺は理解出来ずに眉をひそめる。
狂介はやはりもう一度溜息を吐き下し、ありえねぇ、と小さく小さく呟いた。

「アンタ、なんか有名な奴の息子なんだろ?」

「……まあ、そうだな」

「で、たまにテレビ出るらしいな」

「ああ」

「だから、一年からはアイドル視されてんだよ」

同級生からされないのは、それだけ本性が残念なのかね。とまで付け加え、狂介は肩を揺らして笑った。

「……それが場所を移動する事となんの関係があるんだ?」

「はぁあああ?テメェ馬鹿か?マジ有り得ねー…何がアトラス様だよ、ただの馬鹿じゃねぇか…」

「……?」

「だから、テメェが一年のクラスに居ると騒ぎが起こるっつーハナシなんだよ」

はあ、と再び溜息を吐かれる。そうして狂介は「もういい帰る」と心底呆れたようにぐるりと体の向きを校内へ戻した。

騒ぎが起きないようにと即座に考えたのか。それはなんの為だ?騒がしいのが面倒だから結局自分の為、もあるだろうが、騒ぎさえ起きてしまえば、わざわざ面倒な俺にも着いてくる必要もなかったろうに。
という事は、と考え、校内に入ろうと扉を開いた狂介の背中に声をかける。

「狂介、お前も、何か俺に話があったのではないか?」

「…あァ?」

振り返らずに、呆れたような声色を返される。扉を開けたまま、狂介の動きは止まった。
再び動き、さっさと校内に戻る。そうだろうと思ったのだったが、予想に反して狂介は全く動かなかった。暫く考えたように上を見上げ、そして少し間を開けてから、扉のノブから手を離す。振り返りはされないが、ただ、俺は背中を見つめた。

「なぁ……アンタはなんで、」

ぷつり。『―――先生、―――先生、職員室まで来て下さい』と、そんな簡素な放送が入った。言い途中であった狂介は、そのまま言葉は続けない。
扉を開け、放送が終わった瞬間に少しばかり俺を振り返った。

「……なんでもない。じゃな」

言い切り、そのまま狂介は走って行く。存外早く走って行き、狂介はさっさと曲がり角を曲がって姿を消した。

走る時の足音は全くない。歩く姿が、癖なのか全く足音が鳴らないようにと踵から走るものだったのを、俺はただ妙な気分で眺めていた。
それが注意されにくくなる為の小細工なのか、他の人間の迷惑にならないように気をつけているからなのか、俺に判断はしきれなかった。



***



まだ続くという。あと4個ぐらいは余裕そうです←

ジャ狂というよりは、ジャ→(←?)狂でした。









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