ss9の続きっぽい
クロウと鬼柳


*



クロウ、マーカー増えたな。
そう言って鬼柳は何気なく俺のマーカーに触れる。表情は心配しているそれで、偽りのないそれに俺は戸惑った。昔と何も変わらない。彼がまだリーダーだった頃と。
久しぶりに会った鬼柳は、昔の笑みを絶やしていた。笑いはするのだが、どうも力が無い。遊星が言うには、これでも元気になって来た方らしい。鬼柳に懐いているウェストという少年も「鬼柳兄ちゃん、明るくなったね!」と言っていた。しかし過去の彼はもっと元気に笑っていたのに。

「…明日には発つんだったか」

「ああ。あんま長居したってな、仕事あるし」

「…そうか」

「鬼柳は、来ないのか」

「え?」

すとんと近くの椅子に座る。触られていたマーカーを一撫でして、鬼柳を見上げた。鬼柳は呆然とした表情をしている。首を傾げてやると、あの力無い笑みとは違う笑みで鬼柳は微笑んだ。

「クロウは…俺が帰っても嫌じゃないんだな」

「…はあ?当たり前だ…ろ…」

ああ。当たり前だ。当たり前なのに。
見上げた鬼柳は微笑みを次第に歪め、それからぐしゃりと表情を崩して泣いてしまった。その状況に慌てて立ち上がると、鬼柳は「ごめん」と小さく呟く。

「……嬉し、くて」

「………」

もう一度、嬉しくて、と呟いて鬼柳は床に座り込んだ。口元を掌で覆い、鬼柳は嗚咽を堪える。

クロウは俺の事、嫌いだったもんな

昔鬼柳に言われた事が頭に響く。嫌いじゃない。嫌いじゃないんだ。お前が配達の仕事から帰った時に呑気に寝てたのを叱ったり、お前が馬鹿やって俺が怒ったり、これからお前の長所を見付けたり。そうしたいと思うのはきっと嫌ってる訳じゃないから、だから思うんだろう。

あんなに居心地の良い場所だったお前は、あんなにも綺麗で尊敬出来るお前は、あんなにも簡単に俺の理想であった像をぶち壊していったから。だから俺はお前から距離を置いた。

決して嫌っていた訳じゃない。
俺は鬼柳が好きだ。しかも同性に向けてはいけない感情に似ている好意だ。

「鬼柳」

「…?」

「嫌いじゃないからな」

「…え」

「嫌いじゃない。うん、嫌いじゃないんだ」

座り込んだ鬼柳に合わせて床に座る。鬼柳はわからない、という表情で俺を見詰めた。それからまだ涙が溢れる顔で笑って、ありがとう、と言う。

「クロウは優しいよな、本当に。俺はクロウのそういう所が好きだ」



 

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