クロウと鬼柳


*



クロウは昔から俺の事、嫌いだったもんな。鬼柳はそう言って笑う。辛そうな表情のそれはクロウの一言が原因だった。
ダークシグナーに堕ちてしまった彼を多くの意味で救ったのは、かつての友である不動遊星。鬼柳が目覚めたのはダークシグナーとシグナーとの戦いがシグナーの勝利という形で決着が付き、依然として黒く澱んだ世界が晴れ渡った時だった。
目覚めた彼が最初に見たのは綺麗な青空。記憶に真新しいのは独房で死ぬ自分の姿である。状況が理解出来ない鬼柳に、全ての説明をしたのは後に合流した遊星だ。カーリーという人物と違い、彼は男であり、行った事の大きさや、また彼が心の強い人物であるという事からダークシグナーであった時に彼のした事はかい摘まみながらもあらかた説明された。
鬼柳は内容を聞くとまず自分のした事を苛んだ。仲間を傷付けた事、多くの人物に恐怖を与えた事。そしてそれらの罪を全て覚えていない事に、吐き気を覚えた。
かつての仲間、遊星は彼を慰める。ジャックもまた彼に励ましの言葉を少しながら掛けた。だがクロウだけ、彼だけは何も言わなかった。言えなかった。彼はかつてチームの一員だった時から、鬼柳京介という人物が測れずにいた。鬼柳は他人に害を加える事に罪悪の意識を持たない人物であり、クロウはそこが理解出来ずにチームを去ったのだ。だが現在の鬼柳は自らの罪に心を痛めている。それがわからない。本当に後悔しているのか。サテライトで彼がしてきた事に比べると、ダークシグナーであった彼のした罪は規模が大きい。だが、だからと言って彼が罪を理解出来る人間ではなかったのは事実で、規模が大きければ罪を理解出来るという理屈は少しばかり首を傾げてしまう。
そうしてクロウだけは我関せずと鬼柳に声を掛けなかったのだ。それは鬼柳にはとても辛い事だった。鬼柳はクロウによく思われていない事をよく知っている。チームの一員であったクロウに、彼がいくら好意を寄せて仲良くしようとクロウは巧みに鬼柳から距離を置いた。嫌われているのだ、と鬼柳は理解していた。だが鬼柳は嫌われてしまった理由を模索して直すという器用な性格をしていなかった為、次第に大きくクロウから距離を置かれてしまったのである。
わかってはいたのだが、かつての仲間が優しい言葉を掛けてくれる中、彼一人が我関せずと佇んでいる様は鬼柳には辛かった。
鬼柳、一緒に暮らさないか。遊星はそう言う。遊星は昔から優しい人物であった。それが遊星の本心からの願いではない、単なる心遣だと鬼柳は思っている。しかし遊星は鬼柳と暮らす事を本気で望んでいた。昔起きたチーム解散は、全員が鬼柳を理解せずに起きた事だから。今度は鬼柳を理解し、また鬼柳が皆を理解すればいい。遊星はそう思っていた。しかし鬼柳はその提案に首を緩く横に振る。
俺は何処かに行く、一人になりたい。罪から逃れるのはとても酷い罪だと鬼柳は分かっていた。しかし良い意味でも悪い意味でも他人に優しい遊星と一緒に居ては、自分は罪を忘れてしまう。それが鬼柳の考えだった。遊星は納得が行かないように暫く思案する。ジャックは止めはしない。ジャックはずっと中間に居た。ただ傍観しているだけではなく、見守っていた。どっち付かず、とも言える。遊星が鬼柳を救った。つまりこれは遊星と鬼柳の問題だ。ジャックはそう考えている。
鬼柳が行きたいなら行かせろよ、止めたって仕方ないだろ。クロウがやっと口を開いた。しかし言うのは突き放したような声色で、突き放すような言葉。クロウは此処まで来ても、やはり鬼柳という人物が分からなかった。心の読めない相手を同情する程、器用でないクロウ。ましてはクロウは鬼柳が苦手であった。鬼柳はその言葉は聞き、その日初めて笑った。
クロウは昔から俺の事、嫌いだったもんな。そう言って鬼柳は立ち上がった。なんの計画も支度もなしに歩き始める。勿論、遊星は止めた。ジャックも止める。停止した細い体はぐたりとジャックに寄り掛かった。まだ体が弱っているのだろう。
クロウはその光景を見ながら、先程の鬼柳の言葉を脳内に反芻した。鬼柳を、嫌い。嫌いという言葉に引っ掛かった。嫌いとは少し違う。筈だ。



 

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