むちゅう


 私は今の今まで、純を特に何のおたくとも思ったことはなかった。
 “少女マンガ好き”という少し変わったところはあるけれど、それはお姉さん二人のもとで育ったという環境的な要因からくるものだろう。あえて言うなれば“野球おたく”だろうか。けれど、スポーツに“おたく”をつけるとニュアンスが変わってしまうので、野球には結局“野球馬鹿”が一番しっくりくるのだ。
 かつて所属していた青道野球部にも“おたく”がいたらしい。いわゆる“ドルオタ”と呼ばれるもので、一つ下の木島くんと、二つ下の東条くんがそうだ。東条くんなんかは、あの爽やかなルックスでアイドルおたくだと言うのだから、人って見かけによらない。

 今日は純の家へ遊びに行く際、ちょっとした手土産を用意した。昨日挑戦したトリュフだ。今の時期はバレンタインでもなんでもなく、友達がお菓子作りにハマっているから私も便乗したにすぎない。けれど、私は不器用というかおおざっぱというか、とにもかくにも繊細なお菓子作りに向いていない性格らしい。



「さあ、召しあがれ〜」

 純のためにインスタントコーヒーを淹れ、持参したトリュフを開封する。見た目はまぁアレだけれど、味は普通だ間違いない。一応私だって毒味、いや味見はしたのだ。

「な、な、な......」

 案の定、純はそのトリュフを凝視しながらワナワナと震えていた。

「大丈夫だって! ちょっとおっきいけど、ちょっとヘンな形だけど、コレ一応トリュフなんだから。味は保証するよ!」

 ドンっと純の背中をどついてみるも、まだそれから目がはなせないらしい。無理もない。そのトリュフはゆうに直径五センチはあるだろう。おまけにいびつな楕円形。見た目の悪さは一級品。

「こ、こりゃあ“泥まんじゅう"じゃねぇか」
「どろ......」

 正直ショックだった。純なら文句言いながらも食べてくれると踏んでいたのに、そんなことを言われるとは夢にも思わなかった。

「ひどい......これでも一生懸命作ったのに泥だなんて」
「いや、これはカヤの復活の舞台で出された“泥まんじゅう”だ......!」

 純はカッと目を見開き、よくよく見ると、その表情はどこか歓喜に震えていた。
 説明しよう。カヤとは、演劇をモチーフにしたとある少女マンガの主人公であり、純のもっとも愛する作品でもあるのだ。

「役になりきったカヤは、これがイタズラですり替わってるとも知らずに夢中で食ったんだ。ホンモノの泥まんじゅうをよぉ」
「へ、へぇ」

 純は何かにとりつかれたように熱く語っている。それなりに長い付き合いだが、こんな異様な様子ははじめて見た。
 おそるべしカヤ! おそるべし少女マンガ!

「食っていいか?」
「あ、ハイハイどうぞ」

 純は初めて見る食べ物のように、指でトリュフをつついたりしている。
 なんなんだ一体全体。
 純はもぐもぐと深く味わうように咀嚼していた。

「役になりきってたから食えたんだよなぁ。集中力ある奴はほんとすげぇぜ」
「へぇ〜。あ、集中力といえば、打席に立った時の結城くんもすごかったよね」
「おう。特によ、最後の試合で成宮のチェンジアップ打った時なんか、何打ったか覚えてねぇって言ってたんだぜあいつ」
「ほー! そんなこと言ってたんだ結城くん」

 興奮を落ち着かせるように、純はゆっくりとコーヒーを飲み、ふぅと息をついた。

「なんつーか、あいつも夢中になるとカヤみてぇだよな。ま、俺には逆立ちしたってマネできねぇけど......」

 そう言って少しだけ寂しそうに笑う。
 純は三番を打ちながらそんなことを考えていたのか。

「でも、純だっていいとこたくさんあるんだから!」

 純は一瞬きょとんとしたあと、照れくさそうに、バカヤロォ、とつぶやいて私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。ボサボサになるけれど、うれしいので私もされるがままだ。
 それから純は、思い出したように口を開いた。

「うまかったぜ、なまえ。チョコ味のまんじゅう」
「あの、それトリュフだから......」

 ああ、純の中にも素質は十分ある。


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