Starry☆Sky | ナノ
春の星座が瞬く夜空に舞う桜の花びら。
その光景を背にし、彼女は星々に負けないくらい美しい瞳を俺に向けてこう言った。

「好きです。付き合ってください。」


子どもだから純粋に、恋のことだけ考えて


高校二年生になった春。ずっと好きだった人に告白をすると決めた。
その人の名前は、不知火一樹会長。
強引で横暴だけど、優しくて頼りになる生徒会長。

出会ったその瞬間から、私は会長に恋をしていた。

自信に溢れたあの表情も、悪戯っ子みたいに笑うあの笑顔も、優しく細められるあの瞳も、ぜんぶ好きで。
会長の背中ばかりを追いかけるんじゃなくて、隣に立ちたいと思った。

いつも周りを巻き込んでその中心に立って笑う会長が、時折寂しそうな笑みを浮かべる理由も気になったから。

だから、生徒会の仕事が終わったあとの帰り道。偶然にも一樹会長と二人きりになったときはチャンスだと思った。

口から飛び出そうなほど高鳴る心臓をなんとか飲み込んで、不自然に上がる口角は両手で隠して。そして半歩先を歩く会長の背中に向かって呟くように会長の名前を呼んだ。

「一樹会長。」

その言葉に、一樹会長は動きを止める。
その瞬間はもう、これまで生きてきた中で一番緊張していたと断言してもいい。

だけど、振り返った会長の綺麗な若草色の瞳と目が合った瞬間、もう我慢できなくなっていた。溢れ出てくる気持ちを抑えることなんて、もうできなくなっていたの。

「好きです。付き合ってください。」

好きな人に告白、なんて、これが人生で初めてのことだった。

一樹会長は、最初は目を見開いてぽかんとした表情を浮かべていた。まるで、いま私が伝えたことが理解できていないかのように。
だけど、会長の瞳は段々と優しく細められて、そして唇が柔らかな弧を描いた。

「ああ。これからよろしくな。」

そう言って、会長は口元を隠していた私の手を取って、きゅっと優しい力で握ってくれた。

好きな人と気持ちが通じ合ったときの喜びって、どうして言葉で表現することができないんだろう。
天にも昇る気持ち?舞い上がるような気持ち?浮き立つ気持ち?
でもそのどれもが、いまの私の気持ちを表す言葉としては当てはまらない。

脳内には心臓の音だけが響いて、息ができないくらい苦しいはずなのに、瞳が映すその光景はとても輝いていて。

「よ、よろしくお願いします…!」

夜空に響いたその声が震えていたことくらい、一樹会長も分かっていたはず。だけどその緊張を包み込んで溶かすように、会長は私の手を引いて職員寮までの道を送ってくれた。

それから私は、一樹会長と移り変わる季節を一緒に過ごした。

「一樹会長、見てください!綺麗な星空です!」
「おー!今夜は一際輝いて見えるな。」

初めてのデートは、夜の屋上庭園で天体観測。もちろん、これまで一樹会長と天体観測をしたことはあったけど、二人きりというのはこれが初めてだった。

「うしかい座のアークトゥルス、しし座のデネボラ、おとめ座のスピカ!この三つを繋ぐと…。」
「春の大三角形だな!そこにりょうけん座のコル・カロリを結べば、春のダイヤモンドだ。」
「ほんとうだ!」

星空を見上げながら、指先で星を繋いでいく。そうしながらはしゃぎ回る私を見て、「転ぶなよー!」と一樹会長は声をかけた。

「大丈夫ですよ!そこまで子どもじゃないです。」
「でもなぁ…見ていて危なっかしいんだよ、お前は。」
「もう、どういう意味ですか?」

星空に向けていた瞳を、今度は一樹会長に向ける。少しだけ眉間に皺を寄せて唇を尖らせれば、会長は口角をふにゃりと緩ませて笑っていた。
会長のその笑顔を見るのは初めてで、一瞬にして顔が熱くなったのが分かった。

そんな私の変化を知ってか知らずか、会長は緩ませていた口を開いて、こう言った。

「目が離せない、って意味だ。」

その表情の意味がそのときはよく分からなくて、だけどずっと見つめているのはなんだか恥ずかしくて目を泳がせてしまった。

そしてその表情の意味が分からないまま、季節は夏に移り変わった。

「今日は七夕祭だな!」
「この日までたくさん準備しましたし、大成功間違いないですね!」
「翼が天の川まで飛ぶロケットを発明するとかなんとか言っていたが、それが爆発しなければ大成功だな。」
「それは…あははは。」

一足先に広場へ向かった月子と颯斗、そして翼たちと合流するために生徒会室から出ようとしたそのときだった。

「そういえば、名前は短冊に何て願い事を書いたんだ?」
「え!?私ですか?」
「ん?お前以外に誰がいるんだ?」
「えっとですね…。」

きょとんとした表情で私を見つめる一樹会長。だけど会長の質問にすぐに返答をすることができずに、私は口をもごもごと動かしてしまう。

だってきっとまた、子ども扱いされるに決まっている。

恋人という関係になってから、ううん、恋人という関係になる前から、一樹会長は何かと私のことを子ども扱いしている。そりゃあ、私は会長に比べたら年も下だしまだまだ半人前なんだろうけど。

だから書いた内容はあまり言いたくないけど、ここで言わないとなんだかきまりが悪い。
そう思い、私は短冊に書いた願い事を会長に思い切って伝えた。

「ずっと一緒にいられますように、って書いたんです。」
「え?」
「だから、一樹会長とずっと一緒にいられますようにって書きました!」

恥ずかしくて、ついぶっきらぼうに言ってしまう。そしてそのまま一樹会長から目を逸らして、生徒会室の扉を開けようとした。

だけど、その手は会長の手によって止められてしまう。

そのときの体勢がなんだか会長に後ろから抱きしめられているみたいで、そう意識した瞬間に私の身体は石のように動かなくなってしまった。それを見て会長は何を思ったのか、私の手を掴んでいた腕を動かして、そしてそのまま首に回したのだ。

これはもう、みたいとかそういうものじゃない。
抱きしめられているんだ。一樹会長に。

「会長!?」

思わず、大声を出して驚いてしまった。だって、抱きしめられたのはこれが初めてだったから。

これまで恋人らしい振る舞いといえば手を繋ぐくらいで、でも私にはそれだけでも幸せだった。だから、その先があるなんてまったく想像もしなかった。

「悪い。お前があまりにも可愛いから、我慢できなくなった。」
「っ、か、かわいいって…。」

私の耳元で喋る一樹会長の声ははっきりと届いているのに、それ以上に心臓の音がうるさくて仕方がない。きっと、会長にもこの音は聞こえているはず。そう思うくらい、私の心臓は高鳴っていた。

「なぁ、正面から抱きしめたい。」
「でも、」
「嫌だと言っても、聞かないけどな。」

その瞬間、身体がくるりと180度回った。

視界に飛び込んできたのは会長の制服。少し強く抱きしめられると、会長の香りがぐっと強くなる。石鹸とコーヒーが混ざったような、そんな香り。
それは決して不快なものでなく、むしろ私にとって心地良い香りで。ずっとこの腕の中にいたい、と。そう、思った。

それからしばらく抱き合っていた私たち。しばらく経って、颯斗くんが私たちを探しに来た声に気づいてそっと離れた。

そのとき、会長の背後に夏の星空が見えた。こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。その三つの星を繋げば、夏の大三角形。
そして会長は、二人で春の大三角形を見上げたときと同じ表情で私のことを見つめていた。

それからまた星座は動き、秋の四辺形が夜空に美しく輝く。
ペガスス座とアンドロメダ座の星を繋いだその星座は、なんだか儚げで…でも、そんなところが好きだった。

「一樹会長、あの…。」
「ん?」
「一緒に、スターロードを歩きたいです…。」

一樹会長と付き合ってからもう半年が経つのに、やっぱりこういうときは緊張してしまう。そんな私の気持ちに会長はやっぱり気づいていて、いつものあの表情で笑いながら、「俺もそうしたいと思ってた。」なんて言う。

そうして歩いたスターロード。視界いっぱいに広がる光景に、私はただ目を奪われた。

生徒会役員だから、スターロードの設計にはもちろん関わっているし、リハーサルのときにライトアップされたこの光景は見たはずだった。

だけど、会長と二人きりで歩いているからこそ、この光景はまったく違う特別なものになる。

「綺麗…。」

スターロードの中心にたどり着いたとき、ぽつりとそう呟いた。

「…普段は子どもみたいにはしゃぐお前が、今日はなんだか大人みたいだな。」
「え?」
「いや、ずっと前からお前は俺よりも大人だ。」

その言葉の意味が分からずに、私は黙って一樹会長の顔を見つめる。その瞳に映るスターロードの煌めきがあまりにも綺麗で、思わず息をのんだ。

そして会長は私と向き直って、私の頬にそっと手を添えた。

それからの出来事はあっという間で、唇に何かが触れたと思えば目の前にはいつの間にか大好きになっていたあの表情で私を見つめる一樹会長の顔があった。

そのとき、その表情の意味が分かったような気がした。
だけどそれをどう言葉で表現すればいいのかは分からなくて、私は目を閉じて会長の胸に顔を埋めた。

春は、好きな人と初めて手を繋いだ季節。夏は、初めて好きな人に抱きしめられた季節。そして秋は…好きな人と初めてキスをした、季節。

そして夜空におおいぬ座のシリウス、オリオン座のリゲル、おうし座のアルデバラン、ぎょしゃ座のカペラ、ふたご座のポルックス、こいぬ座のプロキオンが輝く季節がきた。

この冬のダイヤモンドが輝く季節に、一樹会長は星月学園から卒業する。

その卒業式が終わったあとに、私は一樹会長のことを探していた。

学園で一緒にいられるのは今日が最後なのに…どこにいっちゃったんだろう?そう考えながら、学園中を歩き回っていた。そしてそのとき、なぜか西洋占星術科の教室から出ていく月子の後ろ姿を見かけた。

白銀先輩や金久保先輩に挨拶でもしていたのかな?なんて思って教室の扉にある小窓から中を覗けば、そこには一樹会長がいた。

すぐに扉を開けようと手をかけた瞬間、教室の中から声が聞こえた。

「大好きです、か。…俺もだよ。」

いつも私に見せてくれていた大好きな表情で、一樹会長はそう言った。
そしてその言葉が届いたのと同時に、私の手は教室の扉を開けていた。

「名前…?」

今度は驚きを隠せないといった表情を見せる一樹会長。だけど、その瞬間に私はすべてを理解してしまった。

一樹会長は、月子が好きなんだと。

いつからなんて分からない。もしかしたら私と付き合うずっと前からかもしれない。だって…だって、私は…。

まだ一樹会長から、好きだと言ってもらってない。

気にしていないわけじゃなかった。だけど、大好きなあの表情にきっとその想いが込められていると信じていた。だから、言葉にしてもらえなくても会長の気持ちは分かっているつもりだった。

でも、月子にはその表情で、そして好きだと伝えていた。

じゃあ、つまり私は、会長にとって月子の代わりだった?

一樹会長が次に口を開くよりも早くその考えにたどり着き、そして会長が言葉を発するよりも先に私の瞳からは涙が零れていた。

「名前、これは…。」
「もう、……ください。」
「え?」
「もう、私に関わらないでください!」

そう叫んで、私は教室から飛び出した。

二人にとって新しい”初めて”ができると思っていた季節。この季節に私は、初めて好きだった人との別れというものを経験したのだった。


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20200419
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