Starry☆Sky | ナノ
缶コーヒーを片手に桜を見上げる彼女を見て、一瞬時が止まったように感じた。
あの頃の面影はあれど、いま目の前にいる彼女があまりにも綺麗で、そして儚かったからだ。
だからこそ、声をかけると消えてしまうのではないかと本気で思った。

そうならないようにと強く願いながら、俺は震える唇を動かして彼女に声をかけた。


大人だって真剣に、愛について考える


高校生だったころ、ずっと好きだった人に告白をした。
その人とは無事にお付き合いをすることができ、そのときは私の人生のまさに最高潮だった。

あの日までは。

「もう、私に関わらないでください!」

好きだったあの人にそう言ったことを、少し後悔している。
いや、言ってしまった当初はかなり後悔した。

何度も何度も、ちゃんと話し合わなきゃって、もしかしたら私の思い違いかもしれないって思った。
だけど、その思っても顔を合わせる勇気も連絡をする勇気も出すことができず、後悔をずるずると引きずったまま月日は流れた。

「だーかーらーお前そんなんじゃいつまで経っても幸せになれねーぞ。」
「うっさい…このまま行き遅れたら梨本が私のこと貰ってよ。」
「ごめん、俺彼女できたんだわ。」
「はー?うーらーぎーりーもーのー!もういい、ビール追加。」
「まだ飲むのかよ…。」

高校を卒業して大学に進学した私は、月子たちと同じように天文学科には進まなかった。別に、月子に対して負い目を感じていたからではない。そもそも、あのあと白銀先輩と付き合い始めた月子とは今も親友同士だ。
ただ、星からはもう離れたかった。

星を見ると、どうしてもあの人のことを思い出してしまうから。

そしてそのまま星とは全く関係のない企業に就職し、偶然にも職場が近い梨本とはこうしてよく飲みに来ていた。

3年間クラスが同じで、しかも専攻した学科は違えど同じ大学に進んだこいつとはもう長い付き合いなわけでして。
そして酔っ払った私が泣きながら過去の恋愛について話すもんだから、梨本は私と一樹会長の間にあったことを全て知っている。

まぁ、梨本に全てをぶちまけてしまって以来、泥酔するほど酒を飲むことは控えるようにしている。だけど、飲みに行く相手が梨本となれば話は別だ。

慣れた手つきでタッチパネルを操作しながら私が注文したビールを入力してくれた梨本。そうすれば、数分もしない内に店員さんがビールジョッキを運んできてくれた。

私はそれを口に含み、口についた泡を拭うと梨本に訪ねた。

「彼女って、この前話していた会社の後輩?」
「おー。今度お前に紹介するわ。んで男紹介してもらえよ。」
「えー…年下はちょっとなぁ。」
「お前…もう会長のことは忘れろよ。」
「それが出来たら苦労してない…。」

焼き鳥を串から外しもせずに口に入れ、ジョッキを口に運んでビールで流し込む。
そうすれば、もやもやとした気持ちも一緒に流れていく気がした。

「ったく、家に帰れなくなっても知らねーぞ。」
「大丈夫。それに、今日は……。」
「ん?ああ、もうそんな時期か。ったく、お前も健気だよなぁ。そんなに好きなら、もう一回連絡とってみりゃあいいじゃん。」
「……無理。」

連絡が取れるもんなら、とっくの昔に取っている。だけど、恋に全力だったあのときの私ですら、連絡をすることができなかったのだ。

それに、卒業後に何度か星月学園に遊びに来てくれた一樹会長を私は徹底的に避けた。
他の生徒会メンバーは私と一樹会長が付き合っていたのを知っていたから、会長を避ける私を見て何かあったのかと尋ねた。だけど私が話したがらないのをなんとなく察して、そして私の気持ちが落ち着くまでは見守ろうということで、会長が来る日は必ず事前に私に知らせてくれた。

そういった経緯もあり、私が卒業するまで会長に会うことは一度もなかった。
もちろん、卒業したいまだって、会うことはない。

そもそも、星月学園という唯一の接点を失った私たちが、会えるはずないのだ。

それに、会ったところでどうすればいいのかもよく分からない。
未だに未練がましく会長のことを好きでいるけど、会長も同じ気持ちとは限らない。私のことなんかとっくのとうに忘れて、きっと素敵な人と結ばれているだろう。

そういえば、一樹会長は月子のことが好きだった。
それなのにどうして私と付き合ったのかずっと考えていた。

当時の私は浮気だの二股だのそういうことばかり考えて、会長のことを裏切り者として心の中で責め続けた。
だって、それくらい好きだったの。
だからこそ、その裏切りが許せなかった。

でもやっぱり好きな気持ちが消えることはなくて、何度も枕を濡らした。

だけど、いまならわかる気がする。
大人になって、それなりに経験してきたからこそ、恋なんてものは純粋な感情だけでできるものではないことを知ってしまったから。

きっと一樹会長は月子のことが好きで、だけど月子は白銀先輩のことが好きだったからこそ、その気持ちを忘れようとした。そのとき偶然にも告白してきた私と付き合うことで、その気持ちを忘れられると思えたのだろう。

…結局、私はその気持ちを忘れさせてあげることはできなかったけど。

だけどもう分かっている。好きという気持ちだけで恋人という関係にはなれないことも、大人になるとそれがさらに難しいことだってことも。

なんて、大人になった私はそう考えることができても、まだ子どものまま成長することができていない私が、心の中で叫んでいる。「一樹会長が好き」って。

「…そろそろ帰る。」
「どうせ今日は例の場所に行くんだろ?付き合うぞ。」
「大丈夫。彼女さんに悪いし…一人でいろいろ考えてみる。」
「…そっか。」

そう言って、私の頭をポンポンと撫でた梨本。同い年なのに、彼はこうして私を妹のように扱う。それがありがたいと思いつつも、こうやって周りに頼ってばかりでは駄目なんだと感じてしまう。

もっともっと、強くなりたい。

お会計を終えて店から出た私たちは、駅までの道のりを二人並んで歩く。そして改札の前で別れようとしたとき、梨本に声をかけられた。

「あのさ、俺、お前には幸せになってほしいって思ってるから。」
「急にどうしたの。」
「だから、お前も少しは幸せを望め。」
「へ…?」
「んじゃ、気を付けて帰れよー!」

よく分からないことを言って改札の中へ消えた梨本。一体、彼は何が言いたかったのだろうか。そんなことを考えていれば、最寄り駅まではあっという間だった。
ただ、駅に着いた頃には梨本も酔っていたんだろうという考えにたどり着き、少しすっきりした。

そして私は、駅の自動販売機で缶コーヒーを一本買い、家までの道のりを歩き始めた。といっても、真っ直ぐ家に帰るわけではない。

だって今日は、一年に一度しかない大切な日だから。

帰り道の途中にある小さな公園に寄れば、そこには一本の大きな桜の木がある。その傍にあるベンチに腰掛けて、私は缶コーヒーの蓋を開けた。

「…誕生日、おめでとうございます。…なーんて。」

そう、今日は4月19日。一樹会長の誕生日だ。

私が一樹会長と付き合ったのは誕生日のすぐ後だったから、恋人として彼の誕生日を祝ったことがない。だけどこうして毎年4月19日には、彼が好きだったコーヒーを飲みながら桜の木を見上げることにしていた。

こんなことしたって何も意味がないことは分かっている。
毎年、この日が近づくにつれて「今年こそはやめよう。」って思っている。だけど、私が一樹会長を好きでいる限り、きっとやめることができないのだろう。

梨本もこのことは知っていて、だからこそ今日は私が酔いつぶれないと思っていたんだろう。あ、だからあんなことも言ったのか。幸せを望め、って。

望んでいないわけじゃない。だけど、どうしたってダメなんだ。
好きな人の隣にいられる幸せを、知ってしまったから。

「隣、いいか?」

そのとき、聞き覚えがある声が聞こえた。ずっと聞きたいと思っていた、あの満天の星空によく響く甘い声。でも、まさかあの人がここにいるわけがない。

そう思って声がした方を見れば、そこには一樹会長が立っていた。

「かい、ちょ…どうして…?」
「誕生日会に主役がいないのは、おかしいだろう?」

そう言いながら、一樹会長は私の隣に腰を下ろした。

どういうことなのか、全く分からない。どうして会長がここにいるのか、そもそも私がここにいることをどうして知っているのか。一体何をしに来たのか。頭の中ではそんな疑問が一気に押し寄せているのに、心はまったく別だ。さっきから、鼓動が速まるのを抑えることができない。

だって、ずっと恋焦がれた人が目の前にいるから。

心の中にいる子どもの私は、きっと今の状況に嬉しくて涙を流している。だけど、そんな私に大人の私が言うのだ。浮かれて傷つくのは、私だと。

だからこそ冷静に対応したいのに、さっきから唇は震えて上手く喋ることができないし、涙の膜のせいで視界もぼやけてきた。そんな私に気づいてか、会長はそっと私の頭を撫でた。

「ずっと、名前に会いに行こうと思っていた。だけど、それ以上に怖かった。俺と会うことで、もう一度お前を傷つけてしまうんじゃないかって。」
「……っ。」
「だが、俺の弱さを理由にして名前に会わずにいることの方が無理だった。俺は、名前のことが好きだから。」

その言葉に、私は目を見開く。その拍子に一筋の涙が零れた。

だって、一樹会長は月子のことが好きだから。でもその想いは報われなくて、それを忘れるために私と付き合ったのだ。そう、正直に言ってくれればいい。
私も分かっているから。高校生だったときの会長にはその選択肢以外に思いつかなかったって、どうか言ってほしい。

大人の私には、あの頃の私たちがいかに未発達で未熟だったのかよく分かる。だからこそ私は、恋に全力で生きることができたのだけど。でも、それが深い傷を作ることをもう知ってしまったから。

だから、大人は恋に生きることなんてできない。

「会長は、ずっと月子のことが好きだったんですよね…?」

震える声で、そう尋ねる。
そうすれば、会長は私のことを若草色の瞳で真っすぐ見つめた。

「…確かに、名前に告白されたときは月子への想いもあった。だから、お前と一緒に過ごせばその想いを忘れられると思ったんだ。」

やっぱりそうだ。一樹会長は私のことなんて好きじゃなかった。
だったらどうして、今こうして目の前に現れて私の心を揺さぶるようなことを言うのか。
これなら、一生会わずにいた方がずっと楽だったのに。

「だが、名前と過ごすうちに俺はお前に惹かれた。小さな子どもみたいに何事にも全力で取り組むくせに、ふとした瞬間に誰よりも大人びた表情を見せるお前に。」
「っ!」
「俺はいつの間にか名前のことが好きになっていた。だが、それと同時に月子への想いがあったにも関わらずにお前との関係を始めたことに、罪悪感を感じていた。お前は純粋に俺のことが好きで告白してくれたのにな。」

一樹会長の眉が、へにゃりと力なく下がる。それでも私の目を見て、会長の気持ちを聞かせてくれた。

「だから俺は、もう一度やり直そうと思った。月子への想いはもうなくなっていたが…きちんとした形で終わらせて、そして今度は俺から告白しようと思っていたんだ。」
「じゃあ、あのとき…。」
「…本当は、あのあとすぐに名前のことを迎えに行くつもりだったんだけどな。やっとお前のことを迎えに行けると思った瞬間、まさかあの場に現れるとは思っていなかった。だがきっと、お前の運命を悪戯に変えてしまった俺への代償だったんだろう。」

さっき零れた涙の痕が、また同じように濡れる。今はもう、止めることなんてできない。

「名前のことを傷つけてしまった俺は、もうお前に会う資格はないと思っていた。だが、どうやったってこの想いを忘れることができなかった。誰か別の人と一緒にいようという気にもなれず、俺の心はずっと名前だけを求めていた。…だから、こうして会いに来たんだ。」
「っ、私も、ずっと、一樹会長に会いたかった…!」

そう言って、私は一樹会長に抱き着いた。そして、子どものようにわんわんと大きな声で泣いた。

もう、恋に全力で生きることはできない。だって私は、全力で生き抜いたから。だからつぎは、愛について考える。目の前の大切な人と、一緒にいるために。

望んだ幸せを、好きな人の隣にいられる幸せをもう二度と手放さないために。

「好きだ、名前。もう、俺はお前を離さない。」
「私も…もう、一樹会長の傍から離れません。」

後日、私はどうして一樹会長があの公園に現れたのか尋ねてみた。そうすれば、本人には口止めされたけど梨本に教えてもらったのだど、会長が話してくれた。

「梨本には感謝しているが、しばらくは二人で飲みに行くなよ。」
「え?なんでですか?」
「せっかく名前とまた一緒にいられるんだ。今は俺だけが独占したい。」
「っ…!」

意地悪く笑いながらそう言った一樹会長は、私の頬に何回もキスを落とす。それがくすぐったくて声を漏らして笑えば、今度は唇にキスが降ってきた。

唇が溶けるようなキスを繰り返したあとに会長を顔を見れば、会長は私が大好きなあのふにゃりとした表情で笑っていた。

「でも、今度お礼をしないと。」
「あー…んじゃ、他の奴らにも声をかけて飲みに行くか。って、なんだか同窓会みたいだな。」
「でも、それ素敵です!星月学園の屋上庭園で星空を見上げながら、なんてどうですか?」
「その案、採用だ!」

嬉しそうに笑いながら、一樹会長はまた私にキスをする。そのキスを受け入れながら、私は少し先の未来を想像していた。

大切な人と、そして大好きな人たちと満天の星空を見上げられる未来を。


20200419
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