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「警視庁公安部、風見裕也です」
 そう口にして男性は折り目正しく礼をした。事前に目を通した資料にあるように、身だしなみに気をつけた几帳面そうな男だ。「それで……」と早速本題に入ろうとする様子を見て話に聞いたとおりだなと笑ってしまった。
「何故貴方と会うよう指示されたのでしょうか。降谷さんは何か極秘の任務でも……?」
 厳しいセキュリティの下に限られた捜査官のみが命じられるゼロ≠ニの連絡役──風見裕也と名乗る彼はその一人だ。彼はゼロ≠フなかでもとりわけ危険な任務にあたっている降谷とのパイプ役を担う、非常に稀有な存在である。
 その彼に告げる言葉は昨夜七時二十四分に決定していた。
「警察庁警備局警備企画課所属の降谷零は殉職した。今後は私が彼の業務を引き継ぐため、貴方にはその間の業務の補佐および彼の遺品整理をお願いしたい」
「は、……すみません、今、なんと」
「降谷零は死んだ」
 先日公安部担当の大きな事件があったせいで徹夜続きの捜査官が多いという話は耳にしていた。そのせいか疲労の感じられる隈を残した眠そうな目が、これでもかというほど大きく見開かれる。衝撃の大きさに思考もままならないのか、彼の口からは言葉にならない動揺が漏れるばかりだ。
 信頼していたのだろう、あの男のことを。憧れていたのだろう、他に比類ないあの存在を。尊敬していたのだろう、身を燃やすほどのあの愛国心を。
 彼の瞳からは大粒の涙が溢れていた。少し抜けたところはあるが、心根は真っ直ぐで組織に染まりやすい善い捜査官だと聞いている。公私混同しがちだが、それを捜査には影響させない優秀な人材だとも。だから、人前で涙を溢れさせてしまうのは、それほど彼が降谷を慕っていたということなのだ。
 彼にハンカチを差し出す。こんなことをすれば甘いと言われてしまうかもしれないと脳裏にその友を思い浮かべながら苦笑した。彼は謝罪と共にそれを受け取る。
「葬儀はしない、遺体がないの。彼の死は……彼の存在ごとなかったことにされる。これは上の決定であり、彼の意思でもある」
 彼はぐっと奥歯を噛んだ。かつての上司の意思、そしてさらにその上からの命令、何より遺体がないという事実が、いかに降谷零という存在が異質だったかを物語っている。それを通常の枠組みにはめ込もうとすることがいかに愚かであるかを悟ったのだ。反発することも、悲嘆にくれることもなく、彼はハンカチでぐいと目元を拭う。
「だけど、私は彼を取り戻す気でいる。協力して欲しいの、風見くん」
 瞼を持ち上げた彼は、私の言葉に力強く頷いた。風見裕也は、この時点で知り得る限りの情報を共有し、私というゼロ≠ニの橋渡しになった。

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