本当に綺麗なものを見ると、泣きたくなる。 それを身を以て知ったのは二年ほど前のことだった。 今までに「綺麗だ」と思ったものには幾度も出会ってきた。それは道端に咲いている野花だったり、空を抱く大きな虹だったり、街を歩いている美人のお姉さんだったり。 でも「綺麗」なんて言葉を使わなくたって、どうにかしてその凄さを表現することはできた。それくらいのものになら、たった十数年でも生きているうちに何度だって出会うことができたから。いつの間にかその凄さを他で表現することにができるようになってたから。 でも、本当に綺麗だと思ったものに出会うと、その言葉はまさにこのためにあるのだと言ってもいいくらい、ぴったりと当てはまったのだ。 もし、この世に「綺麗だ」という言葉がなければ、どうやってそれを万人に伝えればいいのか、そう悩んでしまうほどに。 それほどまでに「それ」は綺麗で、じわりと滲んだ世界の先はあまりにも輝いていて、胸に込み上げるたくさんの想いを胸に、静かに涙を流したのが、中学三年の卒業式のこと。 あれから二年が経って、私たちはまた、この場所に立っている。多分、私たちの人生はこの一年で決まる。 あの頃より心身ともに大きくなったつもりだった。強さも弱さもすべて受け入れて真っ直ぐ自分の進む道を歩んでいくつもりだった。 「そう信じきってたのになぁ」 体育館裏にある、つい先日新入生を迎え入れた大きな桜の木を見上げながら呟いた。 大好きな桜。いつだって桜が私たちの始まりだった。大きな幹に手を当てると、なぜか心が落ち着くから、ここは私のお気に入りだった。 校舎の方で16時を告げるチャイムが鳴る。もう部活始まっちゃってるなぁ、なんて脳ではわかっていても体は動こうとしてくれない。 部活のことになると怖い部長の顔を思い浮かべて、左手首の腕時計をチラリと見る。今から行けばちょうど30分の遅刻だ。…まだそんなに怒られはしないだろうけど、どうせ怒られるのならと思うと、ここから動く気はなくなる。 「さて、どうしようかな」 そう、桜を見上げて呟いたとき。 「どうしようかな、とちゃいますわ」 真後ろから投げ掛けられた声とため息に少し呼吸が止まった。 「うわ、どしたの光」 「どうしたもこうしたも、あんた今何時かわかってます?部員皆マネージャーおらんで迷惑しとるんですけど」 タオルで汗を拭いながら、呆れ顔で近づいてくる彼に苦笑いを返す。意外と見つかるのが早かったな。 「別に今私いなくても困んないくせに」 「…訂正しますわ。朝練おったマネージャーがいきなり放課後におらんなったら皆心配するんですわ」 多分謙也あたりが騒いだんだろうなぁ。さっきまでおったのに、って。それで白石が光に探しに行くよう頼んだ、ってとこか。 私のせいで練習時間減っちゃってごめん、の意味を込めて、目の前の彼にごめんと言えば、もう一度ため息を吐かれて頭をぽん、と一回叩かれた。…ああ、もしかしたら、撫でられた、のかもしれない。 「どうかしたんですか?」 「今まで色々あったなぁ、てね」 「まぁそりゃそうやろ。人生何もないはずないし」 「…ひねくれ者」 「よく言われますわ」 「褒めてないよ?」 「それくらいわかってますわ。先輩みたいなアホとちゃうんですから」 「いつになったらその口の悪さは改善されるのかなぁ」 「生まれつきなんで」 「嘘つくなよお前」 この減らず口が、と思いながら、隣に並ぶ私よりもだいぶ背の高い彼を見上げる。中学のときから背は抜かれてたけど、高校に入ってまた伸びたらしく。今ではちゃんと顔を見ようと思うと少し首が痛い。 風に揺られる黒髪や、その隙間に覗く鮮やかなピアスや、目を瞑ってじっとしているその横顔に、目を細める。財前光という男は、私には少し眩しい。 「あんまりじっと見つめんといてくれます?」 「あら、バレた?」 「そんな熱い視線送られたら誰だって気づきますわ」 「熱い視線、ってあんた…」 「ほんまのことやろ?」 意地悪くそう笑う彼に、頬が熱くなる。その通りなんだけど、なんでそう口に出しちゃうのか。こっちが恥ずかしいわ。 「心配せんでも、#name2#さんは大丈夫ですわ」 「は?」 「また何か不安になっとったんですよね?」 「…よくわかったね」 「…先輩が桜んとこ来る時はいつもそうやから」 「そーいえば、そうだったね」 思っていたよりも単純な自分の行動に笑えた。でもそれを光がわかってくれていたってことが、すごく嬉しかった。 「先輩は大丈夫です。やることはやれる人やから」 「光に言われたら本当にそんな感じがする」 「ほんまのことやし。それに、先輩には白石部長や謙也さん、部員もおるし、何より俺がおる」 「いくら仲良くても言えないことってあるでしょ」 「言いたくないなら言わんかったらいい。でも、つらいならつらいって、そう俺に言えばいいんです」 はっきりとそう言う光の目はしっかりと私を捉えている。 「…重いでしょ」 「アホ。何のために俺がおんねん。それくらい受け止めれるわ」 「私は光に荷物背負わせるために付き合ってるんじゃ、ない」 「だから、先輩の荷物抱えるくらい余裕やし」 「でも、」 「智美さん、たまには俺にも頼ってくださいよ。年下やからって我慢せんと、彼氏やから、って甘えてください」 そう言ってぎゅっと強く抱き締められた。光が頭を首筋に埋めて、頼んますと呟いた声が、脳に響いた。 本当に光は、優しすぎる。かっこよすぎる。 光の後ろに見えた桜の木が、もういいんじゃない?と言ってるような気がした。 「…光がいいなら、」 「だからさっきから、いいって言っとるやん」 「…ん、ありがと」 そう言ってぎゅっ、と回した腕に力を込めれば (ここで力尽きた) …………………………… 2011/05/09 01:56(0) |