◎ケースケ?三上? 別にどこに向かいたかったわけでもなくて、ただ白黒つけたかっただけなのだ。それなのに、なぜこんなことになってしまったのか。背後には冷たい壁の感覚、右を向けばその滲んだアイボリーが、左を向けば彼の腕が行く手を阻む状況で、目の前では黒髪に浮かぶ旋毛がこちらを見つめている。さらりと揺れる前髪の奥の、少し茶色のかかった瞳が熱をもってこちらを射抜いた瞬間、ひやりと背中に汗が伝った気がした。その瞳の言わんとする事実を受け止めるのが怖くて、その気持ちに応えられる自信がなくて、一度伏せた目をするりと左に流す。捲り上げられたカッターシャツから覗く、すらりと伸びた腕が眩しい。細めた目がその奥に続く茜色に染まる廊下を捉えたのと同時に重たい沈黙を破ったのは、目の前から発せられた掠れた声だった。 「なぁ、それ、本気で言ってんの」 微かに揺れた瞳に、一瞬息を止めた喉が小さく鳴った。 事の始まりは、昼休みに隣のクラスの女子が私を訪ねてきたことであった。 ボールを持ってグラウンドへと駆ける男子や、窓辺で世間話に花を咲かせる女子で賑わう廊下に、机一つ分くらいの距離を保って、小さく彼女は呟いた。 一瞬、辺りの喧騒のせいで聞き違えたかと思われたその台詞は、彼女が詰めたたった一歩の距離のお陰ですんなりと、一言一句間違えようもなく私の耳へと入ってきた。 彼と、付き合ってるのか、と。 周囲からからかい程度で聞かれることは去年からしばしばあったが、このような真剣な質問は初めてだった。 だからこそ、いつも通り馬鹿じゃないのと切り捨てることもできないで、一度唾を飲み込んだ分返答が遅れてしまったのは、仕方がなかったと思う。 そのほんの少しの沈黙を彼女はどう捉えたのか、その眉間に微かに皺が寄ったのを見逃さなかった。 別に、そんな事実はないですけど。 驚くほど冷静に吐き出されたその言葉に私自身驚いたものだ。目の前の彼女も、小さく息を吐いて握りしめていた手をほどきながらも依然として眉に薄く縦線を残したまま。 そう。突然ごめんなさい、ありがとう。 短くそう告げると、軽く会釈をして踵を返し姿を消した。 私より頭一つほど小さな体。そのてっぺんで踊るように揺れるポニーテールを視界から追いやろうと、視線を廊下の向こうから窓の外へと移す。 真下に広がるグラウンドで、楽しそうにボールを追いかける中に、例の「彼」の姿を見つけて、私もまた思わず眉間に皺を寄せた。 ◎藤代?ユン? 例えて言えば、君が○○なら僕は相反する××だろう。いつだって君とは全く違う。いつも君の対岸にいる。だってそうだろう?いつだって君は僕に足りないものを埋めてくれる。反対側にいなきゃ、君を見守れない。(だから辛くなったら僕の名前を呼んでよ。川飛び越えて僕が悲しみを埋めにいくから) ◎千歳? 久しぶりの学校は、やっぱり疲れるなぁなんて、授業が終わるごとに鞄に仕舞おうと手にとった教科書を握ってため息をつく。少しずつ重くなっていく鞄に、私の中に溜まっていく何かもゆっくりとその質量を増していく。喉元で暴れる咳に、マスクを揺らして眼鏡が曇る。病み上がりには、今日のような肌寒い天気は少し辛い、だなんて小さく悪態をついてみる。もちろん心の中で、だけれど。 もいちど口から飛び出した暴れん坊に背を揺らしていると、こつん、と何かが机に当たる音。陰った手元に、曇ったレンズ越しで斜め上を見上げてみると、なんだか黒い塊が見えた。 ん?なんだろう、これは。 思わず伸ばした手は、目の前の、おそらく人間の大きな掌に収まって。 「顔、見せて」 ふわりと外された眼鏡とマスクに、クリアな視界と口元に多少の爽快感。 隠った呼気から解放されて、きれいな空気が肺を埋め尽くす。 眼鏡なんていらないくらい、近くに見えるその顔は。 唇から熱が離れてからも、熱さがひかない頬を両手で覆ってしまう。 「あいたかった」 「たった、3日なのに」 「3日も、会えんかった」 「だからってこんな、バカじゃないの」 「我慢できんかったばい」 「風邪、移ってもしらないよ」 「バカは風邪ひかん、やろ?」 周りのクラスメイトの冷やかしすらも、溶かして。 (学校休んだ次の日に。こんなことがあればなぁという妄想。実際第三者目線だとウザい) …………………………… 2011/11/13 19:01(0) |