(――不思議だ)
さっきまでは、あんなに怖くて苦しくて、辛かったのに。
真弘と目を合わせれば合わせるほど彼が愛おしくてたまらなくて、死ぬことへの恐怖より彼の幸せに貢献出来ることの方が嬉しくなっていく。
私が死ねば、真弘が生贄にされる可能性は限りなくゼロになる。
そう考えるだけで、自分がこのまま死ぬことが喜ばしいことにさえ思えた。

「真弘、もう帰って、私が死ぬまでは絶対にここには来ないで。それで、幸せになって?どうせ死ぬんだからみんなの役に立ちたいの」
真弘をじっと見つめる優は、いっそ泣きたくなるほどやさしい微笑みを浮かべていた。
頬の肉が落ちてひどくほっそりとしていて、顔色がいいなんて到底言えないような風貌なのに、微笑む優には儚さなんて一欠片もなかった。凛とした存在感を纏って、真弘を見つめていた。
「…ね、真弘。私達、ずっと一緒だったね。私と、真弘と、祐一と、3人でずーっと一緒だったよね。守護者は他にもいて…拓磨や慎二、大蛇さんも美鶴ちゃんもいたけど、私達3人は特に仲が良かったと思う。だからね、私がいなくなって暫くは、寂しいと思うかもしれない」

――思うかもしれない。
真弘は胸中で優の言葉を鸚鵡返しにした。
動かない口、動かない頭のままぼんやりと優を見つめ返しながら、思うかもしれないという言葉だけが引っかかった。
「でも、きっといつかは忘れられるから。私のことを忘れて、素敵な女性(ひと)と出逢って、幸せになれる。…むしろ、もう会ってるのかな?」
こんな状況だと言うのに、優は悪戯っぽい表情を見せていた。

「忘れられるわけ、ねぇだろ」
「忘れられるよ」
「無理に決まってる」
「絶対大丈夫」
だって、と優は綺麗に笑った。
「――真弘には、珠紀ちゃんがいるでしょ?」

――瞬間、働くことをやめていた脳が突然動きだし、真っ赤に灼けたような気がした。
(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな――ッ!!)
余りの激情に言葉も出ない。
微笑む優の静けさが余計に怒りを煽る。塞がれたような喉を無理やりこじ開けて叫んだ。
「ッ俺は!!お前が大事なんだよこのバカ!!」

その叫びを聞いて、優は余りの幸福感に心中で嘆息した。
いっそ泣きたくなるくらいに幸せだった。幸せで、しあわせで、――苦しかった。
(大事だって言ってくれるんだね)
――でも、真弘が愛したのは玉依姫だ。
「…ありがとう、真弘」
くしゃりと切なげに微笑む優に、真弘は歯噛みする。

「なんでそんなに死のうとするんだよ…ッなんでそんなに諦めてんだよ!!」
「ばか、真弘、これは治らないんだよ?」
優が浮かべたしょうがないなぁとでもいうような苦笑が真弘には許せなかった。
諦めきっているその表情を脳で噛み砕くよりも先に拒否感が呼び起こされて、また叫ぶ。
「ふざけんな!俺は諦めねぇ!」
「真弘…」
「お前が死ぬなんて、認めてたまるか!お前が諦めようが、俺は、絶対…っ!!」 
喉が痛かった。熱いものがこみ上げてくる感覚。怒り、悔しさ、悲しみ、――色々な感情が混ざりあって、熱になって、真弘から出ていこうともがいていた。

「…ッんでだよ…!なんで、お前が…っ!!」
ぼろ、と堪えきれなかった熱が零れた。そのまま堰を切ったように次々と生まれては真弘の頬を伝っていく。
歯を食いしばって唸り声をあげて、真弘は顔を隠すように俯いて泣いた。
――いつも明るくて強かった優が諦めに身を浸しているのが、ひどくやるせない。

――何より、優をそこから引き上げてやることも出来ない自分が、憎くてたまらなかった。

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