04
「いや、本当に。キミは年を重ねていく毎に美しくなっていくね。私と出会ったときはまだ十代だったかな」
「ええ、十代も終わりのころでしたわ。若いうちに貴方と出会えて良かった」

 昔話に花を咲かせながら、ユウリはナランチャの姿を探す。
 つい先ほどまで、人ごみの中にあの黒髪を見とめていたのだが、ふとした拍子に見失ってしまったのだ。
(あ、いた)
 ナランチャの痩せた後姿は、同じスーツ姿の男たちの中でも浮いていた。安物を身に着けているわけではないのだが、やはり、彼の飾らない態度や邪気のなさがそうさせるのだろうか。
 ナランチャは物陰で見知らぬ男と話していた。知り合いだろうか。ユウリは二人の様子に目を奪われる。

「…ところで」

 ユウリの視線の先に気づいたらしい、目の前の初老の男は、急に小声になり、ユウリの耳元に唇を寄せた。

「キミの連れの少年、大丈夫かね」彼の目線も、ナランチャたちの方に向いている。「キミの連れに声を掛けている、あの男…、ろくな噂を聞かないのでね」

「噂…?」ユウリは小首を傾げる。
「ああ。奴は、合法だと言って、怪しげな薬を安価で売りさばいていてな。それに年端もいかぬ少年を囲っているという噂もある」
「まあ、そうなんですの」
「あんな男が、どうやってこの会場に入ったのかは知らんが、不愉快だな」

 不穏な空気を醸す彼に、ユウリはいたって冷静に、「まあまあ」と手をふってみせる。

「彼はブチャラティのところの新入りですの。ご心配には及びませんわ」

 そうは言ってみるが、やはり不安だった。ナランチャは他人に対して警戒心が強いわりに、隙がありすぎる。
 ナランチャが、件(くだん)の男に手を引かれて会場を出て行くのを、視界の端で捉え、ユウリは挨拶もそこそこに彼らを追った。

(まったく、何やってんのよ!!)

 気ばかり焦って、着物ということもありうまく走れない。小走りで会場を出、ユウリは、辺りを見回す。明かりのほとんどないバルコニーの方へ走ると、見慣れた腺病質な後姿がそこにあった。

「ナラ…」

 声を掛けようとして、

(うっ)

 男が、ナランチャの肩に手をまわし、抱き寄せる。ナランチャはなぜか抵抗しない。

(ちょっ、ちょっとぉ…)

 男はナランチャの顎を引き、唇を近づける。そんなシーンを見せつけられて、ユウリはウッと思わず一歩下がった。
 が、次の瞬間には、ハッと我に返り、

「ナランチャ!」

 二人の間に割り入るように、ナランチャの腕をとっていた。

「ユウリ…?」

 ぽやん、とした瞳がユウリの方を向く。
 男は、邪魔するなとでも言いたげに唇をひくつかせ、けれど至って冷静な声色で、「何の用ですかな」

「あら、社長がこの子をお呼びですの。お取込み中申し訳ございませんわね」

「それから」男の首元に手を這わす。「ネクタイが曲がっていますわよ」
 ぎゅ、とネクタイを引き上げ、鋭い眼光とともに、首元を圧迫する。絞首に近いそれは、ユウリなりの威嚇であり、宣戦布告。

「ッ…」男は名残惜しそうにナランチャとユウリとを見やり、バルコニーから去っていった。

(私に興味ナシなんて、あの男、本当にゲイらしいわね)

 それにしても私のナランチャに手を出そうなんて、百万年早いっつーの。
 そんなことを思いながら、「ねえ、ナランチャ」先ほどから黙りこくっているナランチャに腕を絡める。「そろそろ戻りましょ?」

「ナランチャ…?」

 その腕がだらんと力なく投げ出されたので、ユウリはナランチャの方に目を向けた。

「ユウリ、なんか、俺…」

 手すりに体を凭れかけさせ、くてん、と脱力するナランチャ。顏や体に火照っている様子はないが、息は少し上がり、目もとろんと焦点が合っていない。

「ナランチャ、アナタまさか、アイツに何か飲まされたの!?」

 肩を掴み、揺さぶるように問いかける。

「ん、わかんねェ…ワイン、もらったよーな気がするけど…」
「飲んだのね?!まったく、あの男、何やってくれてんのよっ」

 これがただの媚薬ならまだしも、社長の言っていた怪しい“合法”ドラッグなら面倒なことになりそうだ。
(まったく―――)
 ユウリは溜息をつき、やがてナランチャの両頬を手のひらでおし包んだ。
 着物に描かれた花びらと同じ色のくちびるが、紡ぐ。

「普段は、金にならないようなコトはしないのよ」

 吐息がふれ合い、唇と唇とが重なっていく。舌を絡め、時折もれる喘ぎさえも、飲み込んでいくようなキス。

「ッふ、ぁ…」

 何度ユウリとキスをしたかわからない。けれどこんなキスは初めてだった。
―――溶かされる。溶けていく。思考も熱も、何もかも。
 同時に、体じゅうを束縛していた、クスリによる浮遊感が消えていく。たとえるなら、毒が毒によってかき消されていく、そんなメタファーがしっくりくる。

(何だ、コレ………)

 毒によって浄化される。倦怠感が消え、妙に晴れ晴れとしてくる。けれどキスによって酔わされたカラダは熱いまま。
 とろんと涙目で見つめてくるナランチャに、ユウリは唇を離すと、舌なめずりをするように、赤い舌先を見せつける。それは紅い花弁がのぞいているようにも見える。

「オマエ、なに、したんだ…?」
「ん…?今のが、私のスタンドよ。ねえ、それより…」

―――したくなってきちゃった。
 ナランチャの体に、うっとりとしな垂れかかり、ユウリは、上階の部屋のキーを眼前にちら付かせた。



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