サティスファクション01 ナランチャ… コドモみたいな顔して、ベッドの上ではすごく色っぽくて… あれから何日も経つのに、ナランチャのことが忘れられない。こんなことは、初めて。 契約は一日だけだったけど… また、ナランチャに会いたい。 …。 ナランチャにとって、忘我の数日間が過ぎて行った。 ユウリと身体を重ねて以来、何故だろう、何も手に付かず、チームのメンバーの前にさえ顔を出していなかったが、さすがに四日も姿を見せないのはまずいと思い、いつものレストランへと向かう。 メンバーたちは既に集まっており、昼食を食べ終え、ちょうどデザートが運ばれてきたところだった。ミスタの姿は見当たらなかった。 六人掛けの丸テーブル。その空いていた椅子にナランチャは腰かける。思いっきり茶化されるかと身構えていたが、ミスタがいないせいか、予想に反し皆冷静で、アバッキオに至っては何も聞かずにメニューを渡してくる始末だった。 (なァんだよ、皆あんなに騒いどいてよ)肩透かしを食らった気分だが、ショートケーキの苺を一心不乱にフォークでブスブスと刺しているフーゴを見て、妙に納得してしまう。 ―――こりゃ、算数の勉強見てくれなんてしばらく言えねえや。 そんなことを思いながら、適当なピッツァとカルボナーラをオーダーする。 「…しばらく顔を出さなかったから、どうしたのかと思ったぞ」 「うっ。悪かったよ、ブチャラティ」 「俺はてっきり、腰でも砕けてんのかと思ったぜ」 「アバッキオ!」 ブチャラティ達がようやくその話題に触れてくるが、意地悪く笑うアバッキオの言葉に過剰反応するフーゴがおそろしい。ここにミスタが居たらさらに面倒なことになりそうだ。 ナランチャにしてみればいい迷惑だった。こんなことでフーゴと険悪になるのはごめんだ。 どうせユウリとはあの日限りの関係だ、きっと時間が解決してくれるだろう。そう思いながら、運ばれてきたピッツァに噛り付く。 と、そのときだった。レストランの扉が開かれる。入り口に立っていたのはミスタ、そして――― 「ユウリ!?」 「はァい、ナランチャ」 見覚えのある、下品なほどにイヤらしいスーツ。タイトなミニスカートから、まるでバービー人形のような長い脚が伸びている。 華奢に見えて、その実、肉付きのよいコケティシュな身体。忘れたくても、忘れられない。あまりに衝撃的で、官能的な夜だった。 「ユウリ」今度はフーゴが、その名を呼ぶ。 「フーゴも、久しぶりね」 ヒラヒラと手を振りながら、ユウリは、ナランチャの隣に腰かける。 「オイオイ、せっかく案内してやったのに、俺のコトはシカトかァ?」最後の一つになった空席を、ミスタが埋めた。 「…ミスタが連れてきたのか?」 チラ、と、怪訝な視線。コーヒーカップを傾けながら、ブチャラティが問う。 ミスタは、ナランチャのマルゲリータに手を出しながら、ああ、と頷く。 「ついさっきそこで会ったんだよ」 「なッ、なんでそれで連れてくンだよォ〜!!」 「あ?いいじゃあねえかよ、ナランチャに会いてえって言うから連れてきたんだぜぇ」 次いで、ピッツァの匂いを嗅ぎつけたセックス・ピストルズのメンバーたちが、残ったピッツァの争奪戦を始める。 あっという間に食い荒らされてしまったピッツァを、ナランチャは呆然と見つめた。 「おッ、おい、俺のだぞォ!」 「いいじゃあねェかよ、ケチケチすんな。同じヤツ頼んでやっからよ」 ムゥ、と頬を膨らますナランチャを、ユウリはテーブルに肘をつき、至極楽しそうに横目で見やる。 「ナランチャったら、ほっぺたにソースついてるわよ」 「んっ」 ナプキンでナランチャの頬を拭いながら、ユウリはクスクスと笑う。まるで恋人同士のような、他愛のない二人の様子に、フーゴは終始頬をひくつかせていた。 「っつーか、お前、何しに来たんだよ」 「…冷たいのね。ナランチャに会いたかったからに決まってるじゃあないの」 「バカなこと言ってンじゃあねーよ。俺とお前の関係なんてあの一晩だけだろ?」 パスタをフォークで巻くのが面倒なのだろうか、ナランチャはまるで日本人が蕎麦を食べるように、ゾゾっと一気にすする。イタリア人はモノを『すする』ことが出来ない、と聞いたことがあるが、ナランチャは出来ていた。 ユウリは、また、ナプキンで彼の口を拭う。カルボナーラの白いソースが唇にたっぷりとついていた。 あの一晩だけ―――、ユウリは、ナランチャのその一言を反芻する。それからクス、と笑って、 「そのつもりだったんだけどね。キミのことが忘れられなくって」 「はあ!?」 「ね、これから時間ある?買い物に付き合って欲しいんだけど」 「買い物オ?!」声を荒げるナランチャの、白く小さな手をそっと握って、いいでしょ、とユウリは笑う。パスタを食べ終えたのを確認して、ユウリは、有無を言わさず、ナランチャの腕を握って立ち上がった。 「おい、待て。ユウリ。契約は…」 契約は一日だけのハズ。そう言いかけたブチャラティを、シッ、と人差し指で制する。 「ブチャラティ、私のコト、よ〜く知ってるでしょ?こうなったら止められないのよ」 どこか自嘲気味に、そう言い残し、ユウリはナランチャを引きずって、レストランを出て行った。ブチャラティは、何も言えなかった。飄々としていて、掴みどころのない女だが、彼女には逆らえないのだ。 「ユウリ…」 ぐっと唇を噛むフーゴの肩を、アバッキオがぽんと叩いた。 (1/2) |