17
『―――うんざりなんだ、もう』

 決定的な、彼女への拒絶の言葉。
 ユウリのマンションを背に、ブチャラティは何をするでもなく、ただ、路傍に佇んでいた。
 外は、大つぶの雨が、ばたばたと足音のように激しく降り続いている。そんな雨の中、ブチャラティは傘もささずに俯いていた。

『―――私のこと、嫌いになっちゃったの…?』

 消え入りそうな涙声。思い出すだけで、胸を抉られたような痛みがはしる。

―――嫌いなはずが、ない。愛している。自分では、もう、どうしようもできないほどに。

 突き放すことでしか、傷つけることでしか、ユウリを守れない。無力な自分に苛立ちが募る。
 乱暴に掴んだ、あの華奢な肩を思い出す。ユウリの身体は、小刻みにふるえていた。大きな瞳に、今にもあふれそうなほど涙を溜めていた。
 そうさせたのは、自分だ。彼女を愛し、衝動に任せて彼女を抱きしめ、口づけをし、―――そして、突き放した。孤独な部屋に、彼女をふたたび閉じ込めた。そうすることでしか、彼女を守ることができないと思った。

「くそッ…」

 そばにあったゴミ箱を蹴り上げる。鈍い音を立てて、路面に転がってゆくそれを、ブチャラティは苦しそうな表情で見つめた。







 場所は変わって、ネアポリス刑務所―――
 ポルポの収容された独房に、サクサクとビスケットを齧る音が響いていた。

「フゥ…」

 ひとしきりビスケットを食べ、落ち着いたのか、ポルポはゲフ、と大きく息を吐き出した。ワイングラスをくるくると回しながら、小型のスピーカーからもれる機械音を聞いている。
 タバコケースほどの大きさの、ラジオのような機械。素人でも簡単に手に入るような、簡素な盗聴器だ。

「ふゥむ…」

 盗聴器は、今は沈黙を守っているが、先ほどまで、ブチャラティとユウリとのやり取りを発信していた。ユウリを監禁した初日から、ユウリの携帯電話に、盗聴器を仕込んでいたのだった。



(ブチャラティの奴、やはり―――)

 ユウリに離別の言葉を告げたブチャラティ。ポルポも、心のどこかで、こうなることは予測していた。

「全く、クソが付くほど真面目な奴だ」

 ブチャラティがユウリへの接触を避ける――それはポルポにとって芳しくない事態のはずだが、ポルポはむしろ、ククッ、と楽しそうに笑った。

(まァ、だからこそ信頼できるというモノ…)

「彼らには、最高の舞台をセッティングしてやろう」

―――逃がすつもりはない。あの女一人を犠牲にするだけで、莫大な金が、組織に舞い込んでくる。

「期待しているぞ、ブチャラティ…」

 薄暗い独房に、地の底に響くような笑い声が低く響いた…。




2012.05.28
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