花を召しませ
 安っぽいホテルの一室に、子供の泣き声が響いている。それは今にも消え入りそうな程にか細く、弱々しいが、部屋の主達の集中力を妨げるには十分だった。

「だー!うるっせぇなぁ、No.5!メシならさっき食わせただろーが!」
「うっ、うっ、足リネーヨォ、ウェェェン!」

 空腹を訴え、泣いているのはミスタのスタンド“セックス・ピストルズ”のメンバー、No.5である。彼らの燃費の悪さなら、ミスタ自身が一番よく知っている。
 彼らには、つい先ほど食事を取らせたばかりなのだが、おそらく、いつものように彼だけ食いっぱぐれたのだろう。No.5は、ミスタの手の甲から二の腕にまでよじ登り、わんわんと泣いていた。

「ミスタ…ふふ。相変わらずね」

 下方からの落ち着いた声に、ミスタはガシガシと頭を掻きながら、素直に一言、謝罪した。

「あ〜、…ユウリ、悪ィ」
「いいよ。可愛いし」

 泣き声の代わりに、今度はクスクスと楽しそうな女の笑い声が響く。
 バツの悪そうに視線を泳がせるミスタの腕の中から、ユウリはあっさりと抜け出し、テーブルに置かれた小袋からクッキーを取り出した。

「ほら、No.5」
「ヤッタァァァ!」

 言うが早いか、No.5はユウリの手のひらに飛び乗り、バリバリとクッキーを貪りはじめる。
 頬袋を膨らませ、無心にクッキーを食べ続ける彼の姿はまるでハムスターのようだ。
 愛らしいものを心から慈しむような目で、No.5を見やるユウリを、ミスタは後ろから抱きしめ、その耳元で囁いた。

「…なぁ、俺はお預けか?」
「待って…まだ食べ終わってないよ」

 そう囁き合う二人は、今、下着しか身につけていない。先ほど、まさにこれから情事に及ぼうというときに、No.5に横槍を入れられたのだった。

「無理。我慢できねえ」
「あっ」

 ぐい、と力強く押し倒された先にはベッドがあった。いかにもラブホテルらしい、妙な円型のベッドが、大人二人ぶんの重さにギシリと悲鳴を上げる。
 ユウリの体がバランスを崩すと同時に、No.5は、彼女の手のひらから飛び降り、ベッドの枕元へと着地していた。

「ミスタァー!ユウリニ、何スルンダヨォ!」

 抱きかかえたクッキーに、No.5の目からこぼれた涙が落ちる。
 ピストルズ達にとって、ユウリは、たまに菓子をくれる、主人の恋人、というふうに位置づけられている。
 主人が目一杯、それこそ過剰なほどの愛を注いでいる彼女に、ピストルズ達もまた同じように懐いていた。

「No.5、大丈夫。べつに痛いことするわけじゃないの」
「本当カヨォ…」

 人間の情事というものを、当然と言えば当然だが、No.5は知らないのである。
 縫い付けられるようにして、ベッドに沈められたユウリを、ミスタが乱暴に扱っているように見えたのだろう。No.5は、じっと、不安そうに二人を見比べていた。
 そんな彼に見せつけるように、ミスタは、悪戯っぽく笑いながら、ユウリの肩に歯を立て、言う。

「オマエらと一緒だぜ。これから、ユウリを食ってやるんだよ」

 肩から、鎖骨へ。
 鎖骨から、乳房へ。潤いを増したミスタの唇は、白い肌をなぶるように下降していく。そのまま、レースに縁取られた下着をずらし、露出した乳首に噛みついてやる。
 すると、呑気にNo.5を構っていたユウリの身体がびくりと跳ね、猫が甘えるようなかん高い声でミスタを呼んだ。

「あっ…ミスタぁ…」
「こっち向けって」
「や…ミスタ…」

 ミスタの頭部を胸に抱いたまま、ユウリは、言葉とは裏腹にミスタの好きにさせている。執拗に、乳首だけをぴちゃぴちゃと吸われ、その快感と、まるで赤ん坊のようなミスタの姿に、ユウリの喉元が震え、仰け反った。

「オイッ!ミスタ、ユウリガ、イヤガッテルゾ!」
「バーカ。そりゃ、マジに嫌がってんじゃなくてよォ、本当はもっとして、って言ってんだぜ。なァ?ユウリ」
「ひゃっ…!や…」

 舌でくるくると乳輪をなぞり、十分に焦らしたあとは、鋭く尖った犬歯でもって、乳首を刺激する。ミスタの舌が動くたびに押し寄せる、途方もない快感を受け止めきれず、ユウリは、熱っぽい喘ぎを吐き出した。

「あん、アッ、…あぅ…、それ、だめぇ…」
「お前ほんと乳首弱いよな。オッパイだけでイケるか?」

 年の差もあって、ユウリには、普段はそこそこ子供扱いされているのだが、行為に及んでさえしまえば可愛いものだ。

「ぁ、無理…ッ!」
「ミスタァ!ユウリノオッパイ、ウマイノカ!?」
「…おー…さいこーだぜ。オマエにはやんねーけどな」
「何デダヨォー!チョットクライ、イイダロォー!」
「だーめだめ。オマエにゃもったいねーよ」

 と、ユウリとNo.5、二人に見せつけるように、赤く腫れた乳首を舐め上げる。No.5に見られていることが恥ずかしいのか、ユウリは、いつにも増してイヤイヤと身体を捩り、ミスタの舌から逃げようとする。

「ふ、あっ…!アン、あ…!や、No.5、見ないでぇ…!」
「へ…ガキに見られてるみたいで興奮すんだろ」
「ん…う、イヤぁ…」
「ミスタッ!ヤッパリ、ユウリ、イヤガッテルジャンカヨォ!ヤメテヤレヨォ!」

 目尻に涙を溜めて組み敷かれているユウリを前に、No.5は、珍しく強気にミスタの前に立ちはだかった。
 重力に従い、柔らかに寛げられたユウリの谷間で仁王立ちになり、ミスタに向かって人差し指を突き立てる彼の姿は、さながら暴漢から母親を庇おうとする子供のようだ。

「おいおい…No.5、ジャマすんなって」
「ミスタガユウリニ意地悪スルカラ、イケナインダロ!」
「意地悪って…逆だっつーの」

 ほらどけ、と、No.5の小さな体をつまみ上げると、No.5はミスタの手の中でバタバタと暴れ、泣きはじめる。
 わんわん泣き出すNo.5に、ミスタは動揺したのか、慌てて彼を手のひらに乗せ直し、謝罪の言葉を口にした。

「あー、悪かったって!ほら泣くな!」
「う…エーンエーン!」

 あたふたと辺りを見回し、ミスタは、テーブルに残ったクッキーをNo.5に差し出した。
 その様子を、呆気にとられて見ていたユウリが、急にぷっと吹き出し、笑い出す。
 何が可笑しいんだ、とでも言いたげに振り向くミスタに、ユウリはさも楽しそうに言った。

「アナタ、きっといい父親になるわよ」

 くすくすと遠慮がちに笑いながら、ユウリはシーツを手繰り寄せ、その豊かな裸体を隠してしまう。
 彼女の意外な発言に面食らい、ミスタはNo.5と顔を見合わせたのちに、

「あー、なんだ、そりゃプロポーズか?」
「プロポーズダ!プロポーズダ!」

 と、妙な気恥ずかしさを誤魔化すように、笑った。いつの間にか、No.5も泣きやんでいる。
 肯定してやるのも悪くないかも、などと思いながら、ユウリは二人に向けて、意味ありげなウインクを飛ばした。




2011.10.15
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