ガーベラ 01
 午前11時。ネアポリスの空は快晴。
 ナランチャとブチャラティは、昼食前に街の見回りへと繰り出していた。このパトロールは日替わりの当番制で、今日はナランチャとブチャラティの番だった。

「やあブチャラティ。これから昼食かい」
「いいワインが入ったんだ。今度飲みに来るといい」
「ブチャラティ、ジェラートを食って行ってくれ。新作のフレーバーだよ」

 街を歩いていると、ブチャラティは顔見知りたちに次々と声を掛けられる。自分のヒーローであり上司でもある彼がたくさんの人から慕われているのが、ナランチャは誇らしかった。

 先ほど貰ったレアチーズのジェラートを食べながら、そろそろ他のメンバーと待ち合わせをしているリストランテへ向かおうと話していたときだった。
 黒々と艶めかしく輝くセダン車が、2人の横に停車した。太陽を受けて光るスリーポインテッドスター。メルセデスのエンブレム。
 まさか、と思ったときにはもう、運転席からハイヒールの脚が降りていた。

「チャオ、ナランチャ。ブチャラティ」
 ユウリだった。
「で、出たァ〜!!」
「出たってなによ、出たって」
「ユウリ。久しぶりだな」

 三者三様のリアクション。ユウリはかけていた大ぶりのサングラスを外すと、カットソーの胸元に引っ掛けた。

「ユウリ、今日はどうしたんだ。何か用か?」
「決まってるじゃない。治療費の回収よ」

 治療費?
 疑問符を浮かべるブチャラティ。しかし一方でナランチャは心当たりを思い出し、ハッとする。

「も…もしかしてこの前の…」
「そうよ。その後は順調みたいね」

 腫れも引き、すっかり元どおりになった左目を満足げに見つめ、ユウリはにっこりと微笑んだ。

「私の治療は高いの。そう何度もタダで治してあげないわ」
「待てよォ、そんな急に言われてもよ、金なんて、俺」

 あたふたするナランチャに、「それなら仕方ないわね!」ユウリは待ってましたとばかりに目を輝かせる。

「キャッシュが無理なら身体で払ってもらうしかないわねぇ」
「お、お前ッ! 初めからそのつもりだったなァ〜!?」
「どうかしら。ナランチャが嫌って言うなら、上司であるブチャラティに払ってもらうわよ」

 そう言ってブチャラティの腕に絡みつくと、ナランチャの口から「げぇ!」と声が出た。

「お、おい。ユウリ」
「うふっ。ブチャラティはどんな風に女を抱くのかしら」
「ユウリ〜〜〜ッ! ブチャラティにひっつくなよォ!」

 ユウリをブチャラティから引き剥がそうとするが、結果、彼女を後ろから抱きしめるような形になる。ユウリは嬉しそうに笑って、ナランチャに向き直ると胸元のサングラスを彼に掛けてやった。

「運転よろしくね、ナランチャ」
「うっ、ううぅ…」
「おい待て、ユウリ。金なら俺が立て替える」

 見かねたブチャラティが財布を取り出そうとするが、彼に迷惑を掛けたくないナランチャはそれを拒絶する。

「良いィよブチャラティ! 俺、アンタにそんなコトさせらンねェよッ! ほらユウリ、行くぞッ」
「あんナランチャ、待ってよぉ」

 慌ただしく車に乗り込んでいく2人を見送って、ひとり残されたブチャラティは「…やれやれ」とため息を吐き、リストランテへと歩き出すのだった。



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