ギアッチョとクーデレ彼女
 冷静だとか年の割に落ち着いているだとか、クールビューティだとか高嶺の花だとか。ギアッチョの恋人は、周囲からそんなふうに形容される女であった。
 毎日忙しなく仕事に励む彼女のトレードマークは、パンツスーツに夜会巻き。恋人の前であっても、クールな仮面は外さない。

「あら、ギアッチョ。いらっしゃい」
「…おう」

 自宅のリビング、黒いフェイクレザーのソファで脚を組み、煙草をふかしているユウリに、ギアッチョは眉をひそめた。
 嫌悪感ではない。その姿が、あまりにもサマになっていたからだ。出会ったときからそうだが、ユウリは隙がなさすぎる。ベタベタ甘えてくることもなく、かと言ってギアッチョを拒むこともない。ユウリはいつでも優しかったが、弱い部分をさらけ出そうとしない彼女に、ギアッチョはわずかに苛立ちも感じていた。

「イヤお前、まだ仕事してんのかよ」
「明日朝一で会議なの。ごめんね、好きにしてていいから」

 ユウリは煙草を灰皿に押しつけると、ノートパソコンに向かった。キーボードをタイプする音が響く。
 ギアッチョは彼女の隣に腰をおろし、パソコンを覗き込んだ。なにかの報告書のようだった。ギアッチョにとってユウリが作成している文書などどうでもよく、ただパソコンを覗くふりをして彼女に触れたかっただけだ。

「ギアッチョ。画面見えない」

 しかしあっさりと突っぱねられ、ンだよ、と文句を言いながらギアッチョは頭をよけた。手持ち無沙汰にテレビのリモコンを操作し、適当にチャンネルを変える。
 ニュースに歌番組、つまらないバラエティ。何度かチャンネルを切り替え、
「おっ」ギアッチョが目を止めたのは、昨年放映されてヒットしたホラー映画であった。物語はちょうど始まったばかり。数人の若い男女が、見るからに怪しい洋館に踏み込もうとしている場面だった。

 シンと静まり返った洋館。時折り聞こえる不吉なサウンドエフェクト。ギアッチョは買ってきた缶ビールを開けた。プシュ、とプルトップが音を立てる。

「っ!」びくん。

 ―――ん?
 ビールを片手に、ギアッチョは隣を見た。
 そして驚愕する。眉を八の字に下げて固まるユウリがそこにいた。

「お、おい、ユウリ…」
「あ…」

 ギアッチョの声に、ユウリはハッと我にかえった。まさかこいつ、ホラー映画が苦手なのか? そんなギアッチョの疑問はすぐに確信へと変わる。
 映画はちょうど最初の犠牲者が出るシーンに差し掛かっていた。恐怖を煽るようなドロドロした効果音。登場した女の悪霊が、若い女に取り憑き、呪い殺す。

『きゃああああああ…!!』
「イヤーッ!!」

 映画の登場人物並みの悲鳴を上げて、ユウリはギアッチョに抱きついた。
「うおおお!?」突然の事に、抱きしめ返すことも忘れてギアッチョは仰け反った。小さな肩が胸元で震えている。

「おおおお前、まさか幽霊が怖いとか言うんじゃあねェだろうな!?」

 ギアッチョの大声に共鳴するように、映画の中ではまた一人呪い殺され、血飛沫が飛ぶ。

「キャーッ!!」

 ぎゅう、と抱きつく力が強くなる。ギアッチョはあわてて抱きしめ返した。腕が震える。心臓が痛いくらいに激しく鼓動している。

 ―――ヤベェどうしよう、コイツめちゃくちゃ可愛い。

 ギアッチョはかつてないほど動揺していた。肩を抱く手が汗ばんでしまう。ユウリがいい女なのは知っていたが、あまり弱みを見せない彼女のこんな姿は珍しかった。

「お、オイオイ、ユウリよォ…」
「ご、ごめんギアッチョ。私ホラーって苦手で、怖くて…」
「しししし仕方ねェなァ〜〜〜!? 怖いなら初めっから言えよなァ!」
「そ、そうよね。でも私、ギアッチョが観たい映画、邪魔したくなくて…」
「ハァ〜〜〜!? そそそそ、そうかよ。 あ、あ、あんまりベタベタすんじゃあねーよ、ったく」

 ―――あーバカ、俺のバカ! そうじゃねーだろ、クソ! いやそれより俺の邪魔したくなくて…ってなんだそりゃ、健気か? ハァ〜〜〜〜なんだコイツ!? 可愛いなクソ。

 ギアッチョは情緒不安定を炸裂させながら、行き場のない激情をぶつけるように、ユウリを乱暴に抱え上げて膝に乗せた。対面座位の状態でユウリを抱きしめ、
「これなら見えないだろ」
 と耳元で囁く。熱っぽい吐息が耳たぶをかすめて、ユウリはぴくりと震えた。テレビを消せばいいだけの話なのだが、彼女をこのまま見ていたいという邪な心がそれを拒んだ。

「ごめんね、ギアッチョ。カッコ悪いところ見せて」
「べべべ、別に…」
「す、好きな人の前では完璧でいたかったんだけど」
「す…!!??」

 目尻に涙をためて、恥ずかしそうに見つめてくるユウリ。クールな普段とのギャップに眩暈がする。もはやギアッチョの理性は吹っ飛びかけていた。

「ててテメーよォォ、煽ってんじゃあねえぞォォ」

 睨みつけるように、言う。
 ―――違う、こんな言い方がしたいんじゃあない。
 ギアッチョは己の不器用さにブチ切れそうだった。そんな彼にチュッと口付けをすると、ユウリは「ねえ」と小首を傾げた。

「…今夜は帰らないで。一人じゃ怖くて眠れないわ」
「……煽んなっつったろ…」

 好きだ。ああもうダメだ。つーか勃った。
 口付けながら、先ほどまで震えていた華奢な体をソファに押し倒す。もつれ合った舌は熱く、ギアッチョの天邪鬼な心も思考もなにもかも溶かしていった。




2019.03.27
お題「クーデレな夢主に甘えられてドッキドキのワックワクなギアッチョ」
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