02 はじめは、何かの冗談だと思った。 「ユウリ、あなたが好きです」 「結婚して下さい」 けれどそれ以降、なにかと暇を見つけては口説きに来るジョルノに、2ヶ月が過ぎたころにはユウリもいよいよ本気なのだと悟った。 ―――さて、どうしたものか。 今日も今日とて、閉店後の客入りのない時間を狙って、少年は店を訪れた。 キャストの若い女たちはジョルノが来るたびにキャーキャーと喜んで、持って帰りたいだのデートしてだの大はしゃぎだ。 「もう、みんな。もうすぐ迎えのドライバーが来るんだから、支度して」 食事中のジョルノを囲んで騒ぐホステスたちにそう言うが、返事はまばらだ。 「ジョルノもそれ食べたら帰るのよ」 いつの間にかお互い呼び捨てになっていた。 今日のメニューは海老グラタンと野菜のスープ。キャストたちのまかないも同じである。 「ユウリママ、ジョルノに冷たいこと言わないで!」 「そうよそうよ。ママはジョルノに厳しいわ」 「それに、いいかげんジョルノにオーケーしてあげて!」 「待って待って待って」 どうしちゃったのあなたたち!? ついこの間まで姉妹のように懐いていたホステスたちが、今では皆ジョルノの味方になっている。これは一体どういうことか。 「ちょっと、ジョルノ。この子たちに何を吹き込んで…」 「ユウリ、すみません。吹き込むだなんて。僕、そんなつもりじゃ」 「ああ!ジョルノが悲しそうな顔してるわ!」 「いやーん、ジョルノ、そんな顔しないで!ユウリママ、ジョルノは純粋にママが大好きなだけよ!」 「…や、えっと、それはありがたいけど、こう毎週毎週…」 多勢に無勢。わあわあと捲し立てられ、ユウリはついしどろもどろになってしまう。 はあ、と溜め息を吐き、ソファに座り込むと、ジョルノが心配そうに顔を覗き込んでくる。 「…ユウリ、僕のこと迷惑ですか?」 「…それは」 ―――迷惑じゃないと言え! そんな視線が、ジョルノの周りを取り囲むホステスたちから飛んでくる。なぜだろう、自分の店だというのに物凄くアウェイだ。 ユウリは考えていた。 『ねえママ、どうしてジョルノと付き合わないの?』 『そうよ。結婚はともかく、恋人くらい、なってあげてもいいじゃない』 ジョルノがユウリを追い回すようになってから1週間が経った頃、ホステスたちはそう言った。「いやダメでしょ!」即答したものの、ユウリ自身、ジョルノからのストレートな愛の言葉も両手いっぱいの花束も、決して嬉しくないわけではない。 最大の問題点がひとつある。彼は十五歳なのだ。 ジョルノがどれだけ大人びていようと、どれだけの修羅場を経験していようと、…どれだけユウリへの思いが強かったとしても、未成年との恋愛など日本で生まれ育ったユウリの倫理観が許さなかったのだ。 変声期を迎えて間もないようなあどけない声で愛の言葉を囁かれるたびに、背徳感のまじった複雑な感情がユウリの中に湧き上がる。 彼の気持ちに応えることも決定的に突き放すこともできない中途半端な自分に、ユウリはしばしば自己嫌悪に陥った。 今もまさにそうだった。 ―――僕のこと、迷惑ですか? 「それは…」一瞬言い淀んで、すぐに続ける。「迷惑なんかじゃあないわ」 「本当ですか!」 ジョルノは途端に、ぱあっと驚いたような笑顔になる。素直な反応がとても可愛い。口には出せないけれど、こんな少年に好かれて嫌なわけがなかった。 「ジョルノ! よかったわね!」 「きっとママは少し恥ずかしいだけなのよ!」 「ジョルノの気持ち、きっと通じるわ!」 「皆さん。ありがとうございます」 ―――そこ! 援護射撃やめ!! ユウリは思わず心の中で叫んでいた。余計なことは言わんでいい! ホステスたちは散々ジョルノにエールを送り、やがて到着した送迎車に乗り込んでいった。 店内にはジョルノとユウリが残される。 「ねえユウリ」 ジョルノはユウリの手首を引き、もう片方の手で、スペースのあいたソファをぽんぽん叩く。隣に座れということらしい。 大人しくジョルノの隣に腰を下ろすが、手は繋いだまま離さない。恋人のように指を絡め、ジョルノは繋いだその手を太ももにのせた。子どもだと思っていたけれど、彼の手は存外大きく、ごつごつしていた。 「嫌がらないんですね」 「手を繋ぐくらい別に良いわよ」 「…子ども扱いしてますね?」 「子どもでしょう」 ぷっくりとしたジョルノの唇がむっと尖る。 「子ども扱いはやめてください。僕は一人の男としてあなたを口説いているんですよ」 「気持ちは嬉しいけど、私はジョルノの気持ちに応えられない」 「どうしてですか? 僕の年齢が理由なのだとしたら、そんなの納得できませんよ」 その目があまりにも真っ直ぐで、思わず逸らしそうになったけれど、それでは負けを認めたことになりそうで、ユウリはしっかりと前を見据えた。 目の前の少年が美しすぎてクラクラする。気をしっかり持って接していかなければ、すぐに陥落してしまいそうで怖かった。 「ジョルノ。未成年のあなたにとって、これはとても大事な境界線なの。わかってちょうだい」 「嫌です、わかりません。ユウリに僕のことを好きになってほしい」 「…わがままを、言わないで…」ユウリは震える声でそう言った。ジョルノにあんなことを言われ続けても、きちんと断り倒している自分の強固な精神を褒めてやりたい。 そもそも、彼は一体自分の何を好きになったのだろうとユウリは思った。半ば一目惚れのような形でユウリに惚れ込み、こうして押しかけ続けているジョルノだが、もしかしたらそれは恋ではなく単なる勘違いや錯覚ではないだろうか。 「…ジョルノは私のどこを好きになったの?」 もしもそれが、ユウリの懸念する年齢の壁を飛び越えるくらいの理由であったら、なにかが変わるかもしれない。 ぎゅう、と繋いだままの手に力がこもる。自分で聞いたくせに、ユウリは少し怖かった。わずかに強張るユウリの表情を瞳に映しながら、ジョルノは何でもないといったふうに口を開く。 「はっきり言って、顔がめちゃくちゃタイプです」 「………」 ユウリの口から、ああそう、と力無く言葉が漏れた。 続 2019.03.18 |