05.せをむけてはいけません うつ伏せで倒れ込むディエゴの頭上に、冷ややかな声が降りかかる。 「あら、もうへばっちゃったの」 「ッ、……ッ…」 ボールギャグを咥えさせられたディエゴは、返事をすることができない。かわりにありったけの憎悪を込めて、クスクスとさも愉快そうに笑う女主人を見上げ、睨みつける。 「私はアナタのその目が好きよ。気高く美しいけれど、この世の汚いものばかり見てきた目ね」 フー、と猿ぐつわのすき間から吐息が漏れる。先ほどからずっと、唾液が顎を伝い、シャープな輪郭をなぞっては、ぽたぽたと床にしみをつくっている。 「さて、今夜はもう寝ましょう。あとで使いの者を来させるわ」 アナタも綺麗にして寝なさい、と微笑んで、ユウリは『監獄』を出て行った。床に伏した状態、底辺の視界から、ディエゴは彼女の後姿を見つめていた。 「ディエゴ、おはよう。よく眠れた?」 翌朝。二人ぶんの朝食が載ったワゴンを押しながら、ユウリが言った。 よだれまみれの猿ぐつわをそっと外して、笑う。 「………」 「よく眠れたみたいで何よりだわ」 「どこをどう見たらそうなるんだ」 ベッドから起き上がりもせず、ディエゴは苛立ったような口調で言った。彼の目の下にはくっきりとクマができている。 「細かいことはいいの。さぁ忠犬ディエゴ、焼きたてのクロワッサンはいかが?」 「………」 上品な笑顔を浮かべながら、テーブルに朝食を用意する。 いつもは指示する側の彼女が、こうしてなにか作業をしている姿は珍しい。 枕に頬をうずめた状態で、顔だけユウリの方を向けてディエゴは言う。 「お前、一体…なにしに来たんだ」 寝起きということもあってディエゴの機嫌は最悪だった。 「何って、決まってるでしょ。アナタと朝食を一緒にとろうと思って」 「………」 「たまにはこういうのもいいでしょう」 ディエゴの額に青筋が奔る。 昨晩―――いや、昨晩どころか毎晩のように、自分に対して非人道的ともいえる仕打ちをしておいて、コイツは一体なにを言い出すんだ? ブランケットの下で握り拳をつくるディエゴをよそに、ユウリは彼の名を呼び手招きをする。 「さ、早く起きてらっしゃい。食後にはコーヒーを淹れてあげましょう」 「………」 歪んだ性癖も夜の姿もまるで想像のつかない、花の咲くようなふわりとした笑顔。そのあまりに無神経な笑顔に、ディエゴの苛立ちは頂点に達した。 ディエゴはゆっくりと起き上がり、上機嫌で皿を並べているユウリに歩み寄った。 背を向けたままのユウリ。長い髪は高い位置で一纏めにされ、においたつようなうなじが露わになっている。 「ディエゴ?早くし―――」 言葉は途中で失われた。ディエゴは、主人の背に覆いかぶさるようにして動きを封じると、大声を出される前に、テーブルナプキンで口を塞いだ。 「んむぅ…!?」 呻くユウリをベッドに連れ去り、両の手首をシーツに縫い付けるように組み敷いた。 「ん、っ…!」 強い力で両手首を拘束され、その痛みにユウリが喘ぐ。 はじめはぐいぐいと抵抗していたが、力では到底敵わないと悟り、すぐにユウリは大人しくなった。 「どんな気分だ?女王サマ」 「………」 「そうつまらなそうなカオをするな。俺が普段味わってるのは、もっともっと底辺の世界なんだぜ」 ぐりん、と華奢な両腕を捻り上げる。「ふ…ッ」無理に関節を動かされた痛みから、ユウリはぎゅっと目を顰めた。 「そういうカオもできるんだな」 昨晩、辺りに脱ぎ散らかした肌着を使い、ユウリの手首をその頭上で一纏めに縛り上げる。ユウリは両腕をばたつかせ、再度の抵抗を試みたが、やがて諦め、動きを止めた。 「お前のその目が嫌いだ」 高貴な生まれ育ちで、この世の美しい部分ばかり見てきたくせに、こんなにも堕落しきっている。こんなにも、躊躇なく、汚れることができる。それなのに、光も気高さも失われておらず、むしろどこか神聖さすら感じさせる。そんなユウリの瞳が、何より気に食わなかった。 「ビッチ。教えてやるよ」 お前が今まで踏みにじってきた泥の味ってヤツを、な。 眉と口角を吊り上げ、ディエゴが笑う。同時にユウリの纏っていたサンドレスの裾に手を差し入れる。なんの準備もできていない太ももに手を這わせ、なめらかな肌の感触にしばし、酔い痴れた。 ひざ裏を抱え、大きく開脚させてやると、ユウリは目を見開いた。声もなく、くっと吐息をもらすだけだった。 「良い眺めだなァ。さすがのお前も、犯すのは慣れていても、犯されるのは慣れてないか?」 「んン…!」 赤い舌をちらつかせ、あざ笑うようにディエゴは主人を見下ろした。むっちりとした太ももの付け根を覆うミントグリーンの下着。秘裂の部分に指を這わせ、すこし引っ掻くようにカリカリとこすってやると、そこは次第に水気を帯び、布地の色を変えていく。 「ん…んン…んふぅ…」 「こんなチャチな触り方で感じてンのか?女王サマ?」 「んっ…む…」 指のかわりに、今度は勃起したそれをボトム越しにこすり付ける。 ドレスの生地は薄く、下着を身に着けていない胸元は小さなつぶがふたつ、ささやかにその存在を主張していた。 ディエゴはその片方にくちびるを押し当て、思いきり吸い上げた。 「んぅ…!」 アイスクリームを舐めるように、ぬちぬちと執拗に舌で愛撫し、時折、歯を立てる。少し強くしてやると、ユウリはそのしなやかな肢体を仰け反らせて喜んだ。どこもかしこも猥らな肉体なのだった。 「…ハァ」 唇を離し、色づいた彼女の頬を確認してニヤリと笑う。胸元は唾液で濡れた薄い布地が、肌に張り付き、淡い色の乳頭を透かしていた。 そして、それは下半身の方もまた然り。彼女の恥ずかしい部分は、爽やかな朝に似つかわしくない粘着質なしみをつくって、女のにおいをさせていた。 ディエゴはスラックスと下着を脱ぎ払うと、むわ、と蒸れたようなペニスを割れ目に宛がった。そのままショーツをずらし、すき間から、真性包茎のペニスを挿入する。 「んぅぅっ…」 ユウリは、苦悶とも快感ともつかぬ表情を浮かべて、その白い喉元を仰け反らせた。端麗たるその顔立ちが歪むさまを、一瞬たりとも見逃さぬよう、ディエゴは唇を噛み、突き上げる快楽のうねりに耐えた。 「あ…。…く…」 「ふゥん…んン…」 名器と呼ぶべきユウリの膣は、絶対的な支配者で在りたいディエゴのアタマの中から、冷静さとリアリティを奪ってゆく。よく締まる熱い肉壁が、律動のたびに、ディエゴの不恰好なペニスの包皮を剥いてはまた先端まで被せて、その繰り返し。ディエゴの思考はすでにホワイトアウトしかけていた。 「っはァ、…あ、…あァッ」 変態行為を横行し、若き天才ジョッキーが足元に跪くのを当然とすら思っているこの未亡人…文字通り唯我独尊の彼女を、こうして組み敷き、見下ろし、欲望のままに犯している―――その事実に、ディエゴは充足した気持ちになった。満ち足りていた。 だが、この状況下で涙のひとつも見せないユウリのことが、同時に忌々しくもあった。 「ん、ふ…。んぅ…」 飼い犬に揺さぶられながら、ユウリは鼻にかかった甘い声を出す。パンッ、といっそう強く奥へ腰を叩きつけると、ユウリの膣はさらに締まり、びくびくと細やかな収縮を繰り返した。彼女が達したのだった。 ディエゴもまた、その強烈な快感に耐えきれるはずもなく。 「あァ…ッ…」 咄嗟に、ユウリのくちから猿ぐつわ代わりのナプキンを抜き取った。「ンッ」ユウリが小さく声を上げる。そのまま貪るような勢いで、ディエゴは彼女に口づけた。 「はっ、ん…」 合わさったくちびるのすき間から、途切れ途切れ、声がもれる。甘えるようなその声に、ディエゴの性感が高まってゆく。 形のよい尻をきゅっと強張らせ、ディエゴは、まだかすかに痙攣する膣内へと精を放った。 「はぁ…、はぁ…。ディエ、ゴ…」 縛られ、ずっと同じ姿勢だったために体力を消耗しているのだろう。今のユウリからは、いつものタフさが失われていた。 「もうヘバったのか?」 主人の上に君臨したまま、昨晩の彼女と同じセリフを吐いてみせる。怪訝な表情のユウリとは対照的に、嘲るような笑顔で。 「あッ!」 殴りかかるような勢いで、ディエゴは、女主人の前髪を鷲掴みにした。 「いッ…」 ぎゅっと目を閉じ、唇を噛みしめる。この表情が、たまらない。 「ディエゴ、あなたッ…」 咎めるような口調に、ディエゴがふんと鼻をならした。 「従順なだけの忠犬が欲しけりゃ他を当たりな」 それだけ言うと、髪を握る手の力をぐっと強めた。ぶちぶちと髪の切れる音がする。空いた片手で、ディエゴは彼女の細腰を再度掴んだ。先ほどよりも尻がよく見えるよう腰を上げさせる。 「さすがのお前も、コッチは慣れていないだろう?」 ニッと笑って、ほぐしてもいない後穴に、精液にまみれたペニスを擦りつける。 「………っ」 快感によく似た、くすぐったいようなもどかしさがユウリを襲う。次第にまた硬さを取り戻していく、締まりのない彼のペニスを、ユウリは性器の上辺で感じていた。 にゅるにゅるとカリをひっかけるように腰をゆすり、ディエゴは喘ぐ。不思議な心地がしていた。責めているつもりが、どこか責められているようで。 この美しいウイドーに、すでに身も心も屈服しているのではないかと、一瞬、そんな考えが脳裏をよぎったが、ディエゴはすぐにそれを掻き消した。 ぎゅっと絞られたアナルに、男性器を宛がい、ほとんど無理やりこじ開け、挿し込んでいく。「うッ…」ユウリの横顔が、艶美な苦悶のそれに変わった。 「はぁ…ン、…ディエゴ…っ」 はじめて聞く、すこし弱ったような声に、ディエゴはひどく興奮した。夢中で奥まで叩き込んだ。 「あぁんッ。ふぁ…、ン」 「アナル犯されて、そんな声出すンだな」 「んっ…あ〜、ン…」 ユウリの呼吸にあわせて、きちきちと締まる肛門。こちらの具合も、最高だった。ディエゴは一心不乱に腰を打ち付けた。 「あっ、あっ」紅潮した頬。わずかに潤んだ黒曜石の瞳が、ディエゴを射抜く。丁寧にルージュの引かれた赤い唇が、その名を読んだ。「ディエゴ…」 「…このあとどうなるかわかっていて、…こういうことをするアナタのこと。…おバカだと思うけど、…嫌いじゃあ…ないわ…」 ディエゴは、見下すようにハッと笑った。 「それは犯されながら言うセリフか?」 かわいていたはずの小さな穴は、二人の体液ですっかりよくすべるようになっていた。打ち付けるたび、入り口とやわらかな内壁にカリがこすれて気持ちいい。 「はぁ、あァんっ…」両腕を縛られたまま、ユウリが甲高い声を上げる。 「可愛いディエゴ、あん、好き、好きよ…」 「うッ…」 ユウリの声はまるで涅槃の子守唄のように優しく、そして圧倒的な凄味があった。海のような声だった。それを甘美恍惚のさなかに聞きながら、ディエゴはふたたびオーガズムをむかえた。 了 2013.10.17 |